映画【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海】感想(ネタバレ):戦火の上海と暗黒街の男たちが交差する群像劇

THE WASTED TIMES
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●こんなお話

 戦前戦中戦後の上海の暗黒街の男たちと奥さんたちの話。

●感想

 物語は、戦争の気配が濃く漂い始めた1930年代の上海を舞台に始まります。時代の不穏な空気が街の片隅から静かに広がり、やがて表の社会にも裏の世界にもじわじわと影を落としはじめている頃。そんな中、夜の帳が落ちる頃に暗黒街の男たちが集まり、煙とウイスキーとともに今後の時勢について語り合うという、古いノワール映画のような導入です。

 語りのナレーションから物語が滑り出しますが、それが浅野忠信さんの声で、しかも吹替のように響く違和感から始まるのが少し引っかかるところでした。中国映画では俳優が吹替で演じるのは日常のようで、それも作品の質感のひとつとして受け入れていくべきだと理解しながらも、やはりその最初の違和感は少し残りました。

 主人公は上海の裏社会を取り仕切る大ボスとして登場し、日本から持ち込まれた銀行設立の話をきっぱりと断ります。「日本とは手を組まない」と静かに言い切る姿に、一匹狼のような信念と時代に抗う覚悟が感じられます。その姿勢に呼応するように、義理の弟でもある浅野忠信さん演じる青年も、「日本人は極悪だ。自分は上海人だ」と語り、兄に忠告を重ねます。ビジネスを断られた日本側が、その直後に「どうします?殺しますか?」と会話し、「少し考えます」と言ったかと思えば、次のカットではすでに「殺しましょう」と決断している。この唐突なテンポがなんとも独特で、編集の切れ味も含めて、どこか夢の中の出来事のようにも感じられました。

 その後も、会長の奥さんでもあり人気女優でもあるチャン・ツィイーさんとの関係が描かれますが、車を止めると言ってシーンがぶつ切りになったり、後になってまたその続きを回想として見せられたりと、場面展開が前後に揺れながら進んでいく構成。物語を一つひとつ拾っていくというより、散らばったガラスの破片を拾い集めてはようやく像を結ぶような構成になっており、観客に集中力を強く求める内容だったように感じます。

 実質的には、暗黒街の大ボスよりも、浅野忠信さん演じる義弟のエモーショナルな動きに物語の重心が置かれており、彼が実は日本軍のスパイであることが徐々に明かされていきます。そしてその一方で、チャン・ツィイーさんを監禁して地下室で日々を過ごす姿が描かれたり、彼女と食事をしてはベッドを共にするという不思議な日常が挿入されるなど、行動の正当性や心理描写が掴みきれないまま時間が進んでいく印象もありました。

 中盤からはさらに焦点が揺れていきます。裏社会の男たちとその妻たちの関係が描かれたかと思えば、そこからチャン・ツィイーさんの映画界での奮闘が主軸になり、さらに浅野忠信さんの生活描写へと物語が移っていく。誰の物語なのか、どこに感情を重ねていけばいいのかがふわりと曖昧で、時折、画面から意識が離れそうになる場面もありました。

 それでも、当時の上海を再現した衣装や美術には目を奪われるものがありました。男性のスーツの着こなしには凛とした気品が漂い、女性たちのチャイナドレスの立ち姿も実に美しく、視覚的には常に心をつかまれる世界でした。建物の造りや夜の街角の灯りの描き方まで、ひとつひとつに手間がかかっていて、絵画のように静かで濃密な美しさが流れていたと思います。

 ラストに近づくにつれて、暗黒街の若者が銃撃戦を生き延び、女性のもとへ向かい「お前を養うよ」と語りかける場面も描かれますが、これまでの流れの中でその関係がどのように築かれてきたのか、記憶を巻き戻して再確認したくなるような場面もありました。全体を通して、物語のパズルを解くような作品だったので、観終えた後には専門的な視点からの解説や映画ライターの考察に触れたくなる一本でした。

☆☆

鑑賞日:2022/05/21 DVD

監督チェン・アル 
脚本チェン・アル 
出演グォ・ヨウ 
チャン・ツィイー 
浅野忠信 
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