●こんなお話
明治時代にかつての人斬りがまためちゃ人を斬る話。
●感想
かつて恐れられた人斬り・十兵衛は、亡き妻との約束で人を殺すことをやめ、二人の幼い子どもと共に北海道の片隅で慎ましく暮らしていた。時は明治、農作はうまくいかず、貧しさに苦しむ中、かつての仲間から殺しの仕事を持ちかけられる。初めは断るものの、食うに困った十兵衛は、妻との誓いを胸に迷いながらも、再び刀を手にする。そして、旅の途中で出会った若いアイヌの青年と三人で旅に出ることになる。
アイヌ差別を取り入れた視点は興味深かったですが、その青年のキャラクターがあまりに騒がしいだけで、彼が背負っているはずの苦しみや葛藤は描かれず、やや浅い印象になっていたのがもったいなかったです。オリジナルにあった、虚勢を張っているけど実は近眼で全然銃が使えないというような人間味のある設定も薄れていた気がします。
また、町に現れる浪人と作家についても、オリジナルでは「暴力で威張っているけど実は臆病でずるい男」としての人間らしい矛盾が描かれていたのに、こちらではただの浪人とその連れという感じで、印象に残りませんでした。
とくに気になったのが、主人公・十兵衛の心の動きがあまり描かれていないところです。「人を殺さない」と誓っていたはずなのに、なぜその誓いを破るのか、そのきっかけや苦悩がよくわからないまま物語が進んでいきます。怪我をして雪の中で食事をする場面の次には、もう人を殺しているという展開で、唐突に感じてしまいました。
せっかく刀を使う日本の時代劇にしたのなら、銃で遠くから撃つのとは違う、「相手の目を見て斬る」ということの恐怖や無意味さを、もっと丁寧に描いてほしかったです。斬り合いの距離だからこそ生まれる重さや、命を奪う行為の悲しみが、この映画ではあまり伝わってこなかったように思います。
そして、主人公を殺しに誘った相棒が「すまん十兵衛、お前を巻き込んで」と謝って身を引く場面。あまりに無責任で、なんだそれ、と思いながら観ていました。
クライマックスの復讐シーンに関しても、オリジナルには老いたガンマンが本領を発揮し、躊躇なく撃ち抜いていくという見せ場とカタルシスがありました。それに比べると、本作のラストはただスローで斬り合っているだけで、緊張感も爽快感も感じられず、正直、物足りなかったです。娯楽作品として割り切って、もっと派手にバッサバッサと斬ってもよかったのではないかとすら思いました。
さらに、エピローグで主人公が子どもたちを他人に預けて、自分は一人旅に出るという展開も、なぜそうするのかよくわからないまま終わってしまい、気持ちの整理がつかないエンディングでした。主人公が何を思い、どこへ向かっていくのか、最後まで見えないまま物語が終わってしまった印象です。渡辺謙さんは見た目に迫力がありましたが、その表情の奥にあるはずの心の動きが感じにくく、内面が伝わってこなかったのが残念です。
北海道の自然は本当に美しくて、雪景色や広大な風景は画面だけでも語れるほどの力がありました。でも、その中で登場人物が「俺は○○だ!」「お前は○○したじゃねえか!」と、感情を全部セリフで説明してしまうのがもったいなく、ちょっと疲れてしまいました。せっかくの映像表現を活かしきれていないと感じました。
ストーリーの流れ自体はオリジナルとほぼ同じでありながら、「人を殺すこととは何か」や「人間の複雑さ」といったテーマは薄くなってしまい、心に響く部分が少なかったのが正直なところです。期待していただけに、少し残念な一本でした。あとは単純にセリフが聞き取りにくい問題もある映画でした。
☆☆☆
鑑賞日: 2013/09/16 TOHOシネマズ渋谷 2015/12/22 Blu-ray 2025/07/15 Amazonプライム・ビデオ
監督 | 李相日 |
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アダプテーション脚本 | 李相日 |
オリジナル脚本 | デヴィッド・ウェッブ・ピープルズ |
出演 | 渡辺謙 |
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柄本明 | |
佐藤浩市 | |
柳楽優弥 | |
忽那汐里 | |
小池栄子 | |
國村隼 | |
近藤芳正 | |
滝藤賢一 | |
小澤征悦 | |
三浦貴大 |