●こんなお話
雨降って川が増水して渡れない中、士官先を探している浪人とその奥さん。お殿様から剣術指南役を任されそうになるけど……な話。
●感想
雨の中、静かに歩く浪人とその妻の姿から始まる物語。舞台となる風景はどこまでも美しく、湿った土の匂いまで伝わってきそうな質感が画面いっぱいに広がっている。その中で描かれる夫婦の在り方は、まさに「THE・日本人」とでも言いたくなるような慎ましさと静かな優しさに満ちていました。
主人公はかつて剣の道に生き、今は旅を続ける浪人。ある出来事をきっかけに、お殿様の目に留まり、やがて御前試合に出場することになる。剣術の腕は確かでも、人間らしさを失わない彼は、ある失敗をきっかけに心を乱され、落ち込んでしまう。試合に勝つことよりも、自分が何のために剣を振るったのかを省みる姿勢が描かれていて、とても印象深かったです。
中でも「何をしたかではなく、何のためにしたかが大事」という台詞は、現代の社会にも通じるものがありました。効率や成果ばかりが重視される今の時代において、この言葉は胸に静かに響きました。90分という短さも、この映画にはぴったりで、過不足なくまとめられていたように思います。夫婦の時間、旅の風景、ささやかな人と人との出会いが丁寧に描かれ、どこか忘れかけていた日本人らしい心を思い出させてくれる作品でした。
一方で、物語の冒頭で描かれる旅籠のシーンはやや長く感じました。主人公が周囲と打ち解けようとする心温まる場面ではあるのですが、お酒を用意して宴会を開くくだりが少し冗長に感じられたのも事実です。説明的な台詞も多く、テンポの面でややゆるみを感じました。
唯一の殺陣の場面では、主人公に嫉妬した侍たちによる不意打ちのような襲撃が起こります。ここでの血しぶきの描写は、黒澤映画『椿三十郎』を彷彿とさせる大胆な演出で、一瞬ハッとさせられました。ただ、映画全体の穏やかなトーンを考えると、この演出が少し浮いていたようにも感じました。
さらに気になったのは、戦いのあとに主人公が無表情でその場を立ち去る場面です。人が一人命を落としているにもかかわらず、そのことに対する感情が描かれていないため、少し物足りなさもありました。そして、奥さんが初対面の侍に対して「でくのぼう」と言い放つシーンには、思わず驚いてしまいました。彼女のキャラクターからすると少々意外で、その変化に戸惑った部分もありました。
とはいえ、時代劇としての丁寧な演出と、日本人の美徳を静かに描き出そうとする姿勢はとても好感が持てました。日々の喧騒から少し離れ、静かに過ごしたい夜にぴったりの一本だと思います。自然の中を旅する浪人とその妻の姿に、自分たちの原点のようなものを感じることができた映画でした。
☆☆☆
鑑賞日:2014/04/25 DVD
監督 | 小泉堯史 |
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監督補 | 野上照代 |
脚色 | 黒澤明 |
原作 | 山本周五郎 |
出演 | 寺尾聰 |
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宮崎美子 | |
三船史郎 | |
吉岡秀隆 | |
原田美枝子 | |
仲代達矢 | |
檀ふみ | |
井川比佐志 | |
松村達雄 |