映画【ムカデ人間】感想(ネタバレ):博士の狂気と“繋がれた”人々の静かな恐怖

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●こんなお話

 人間を繋いでしまおうとする博士の話。

●感想

 映画の冒頭、白衣を着た博士が、かつて自分の手で繋ぎ合わせた犬を静かに、そして愛おしそうに見つめる場面から物語が始まる。このわずか数秒のカットで、博士という人物がどれほど「繋げる」ことに情熱を注いでいるのかが伝わってくる。静かな狂気と哀しさがにじむ、印象的なファーストショット。

 物語は、ヨーロッパを旅行する若いアメリカ人女性ふたりが道に迷い、豪雨の中、博士の邸宅を訪ねるところから動き出す。90分という比較的短い作品でありながら、ムカデ人間の誕生に至るまでの時間が思いのほか長く、前半の45分近くをかけてふたりの女性が囚われ、何とか逃げ出そうとするシークエンスが繰り返される。観客としてはすでに予告編やポスターで「繋がれてしまう」未来を知っているだけに、この逃走劇の緊張感が少し冗長に感じられる部分もありました。

 博士が捕らえた3人に向けて、これから行う手術について詳細に説明を始める場面には、ある種のユーモアと狂気が交錯していた。医学的な用語を並べながら、彼がいかにこの計画を真剣に考えているのかがよく伝わる。説明を受けた側はもちろん絶望するしかなく、観ているこちらも言葉を失うほどでした。

 いよいよ3人が“ムカデ人間”として繋がれたあと、物語の重心は先頭を務める日本人男性のキャラクターへと移っていく。他の2人は口と肛門を繋がれてしまっているため台詞もほとんどなく、彼の存在が物語を牽引するかたちとなる。関西弁で怒鳴る姿には緊迫感の中にもどこか奇妙なおかしみがあり、場面によっては笑ってしまいそうな空気も流れていた。自責の念と、それでも生き延びようとする必死さが混在しており、演技としてとても印象的でした。

 ムカデ人間としての生活が始まってからの描写は、想像していたよりも淡々としていて、グロテスクな映像表現も過激さは控えめだったように感じました。過酷な設定ではあるものの、観る者の精神に強く訴えるような「越えてくる描写」があるわけでもなく、もう少し踏み込んだ演出が欲しかったとも思います。

 物語の終盤には、刑事が博士の邸宅にやってくることで状況が動き出す。しかし、この警察の捜査も意外とあっけなく、博士の計画が簡単に崩壊していくのがやや拍子抜けしてしまいました。博士というキャラクターの執念や知略をもっと深掘りしてほしかったという気持ちもあります。

 全体としては、センセーショナルなタイトルに比べて、内容は意外と真面目な作りで、狂気と倫理の境界を描こうという真摯さは感じられました。ただ、そのぶんエンタメ性やインパクトを期待していた側としては、やや肩透かしのような印象も受けました。とはいえ、低予算ながらも印象的なビジュアルとユニークな設定は記憶に残る作品でした。

☆☆☆

鑑賞日:2012・02・26 DVD

監督トム・シックス 
脚本トム・シックス 
出演ディーター・ラーザー 
北村昭博 
アシュリー・C・ウィリアムス 
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