●こんなお話
実際にいた棋士さんの話。
●感想
タクシーの運転手に抱えられるようにして運び込まれる主人公の姿から物語は始まる。地面に倒れていた男は、どうやら将棋の棋士であるらしく、病に身体をむしばまれながらも盤上に命を懸けた実在の人物・村山聖を描いた作品である。
将棋の才能を幼い頃から見せていた彼は、地元・大阪でめきめきと力をつけていく。しかし、東京には羽生善治という才能の塊のような存在がいて、彼に勝つことが主人公の人生の目標になっていく。ただその過程で病気が彼の身体を蝕み、将棋と命、どちらも削られていくような時間を過ごすことになる。
全体として静かで丁寧な描写が印象的で、演出はあまり派手ではなく淡々と進んでいく。それでも、役者さんたちの気迫のこもった演技によって引き込まれる場面は多く、村山という人物に対する真摯な視線が感じられました。将棋の対局中の所作や息づかいが静かに胸に響いてくるようで、彼の人生がそのまま盤上に浮かび上がってくるような構成になっています。
しかし、物語の山場となる羽生との対局はややあっさりと描かれていて、スポーツ映画的な盛り上がりを期待すると物足りなさを感じるかもしれません。終盤に差し掛かってのクライマックスでは、飲み屋での会話の回想シーンが繰り返される構成になっており、すでに一度観た場面を再び見せられることによって、せっかくの緊張感がやや削がれてしまったようにも思いました。ただ、その中で村山が「なぜ将棋を指すのか」という問いに答えるシーンは、この映画の中で最も印象に残る場面のひとつです。
物語の中で、彼がなぜ治療を拒みながらも将棋を続けたのかという点については、はっきりと語られることがなく、その余白を観る側に委ねるつくりになっています。だからこそ、生きたいのか死にたいのか、あるいは将棋を指すことで命を実感していたのかと、さまざまなことを考えさせられました。ドラマとしては明確なカタルシスや答えが用意されているわけではなく、どちらかというと、観る側が静かに受け止めていくような構成です。
役者陣による実在の人物の演技は、どこかドキュメンタリー的なリアリティを感じさせる瞬間もありました。村山を演じた俳優の体当たりの演技には説得力があり、観ていて自然と目が引き込まれます。ただ、どこか将棋に命を懸けるという熱量の描写が希薄に映ってしまった部分もあり、全体として静けさが際立っていたぶん、もう少し将棋に取り憑かれたような迫力が欲しかった気もしました。
とはいえ、村山聖という人物の存在を知るきっかけになる作品であることは間違いなく、将棋に馴染みがない方にとっても、静かに人生の終わりを見つめる物語として、じんわりと心に残る一本だったと思います。
☆☆☆
鑑賞日: 2017/08/12 Blu-ray
監督 | 森義隆 |
---|---|
脚本 | 向井康介 |
原作 | 大崎善生 |
出演 | 松山ケンイチ |
---|---|
東出昌大 | |
染谷将太 | |
安田顕 | |
柄本時生 | |
筒井道隆 | |
リリー・フランキー |
コメント