●こんなお話
不倫相手を殺害するけど、強盗がたまたま捕まって殺人犯として起訴されて検事が真相に迫る話。
●感想
物語は、ある密室での衝動的な殺人から始まります。若い弁護士が、口論の末に女性の首を絞めてしまい、彼女を殺害。動揺したままその場を立ち去るという事件が描かれます。その後の展開で、この被害者の女性が死刑廃止論者として知られる著名な弁護士の妻であり、しかも犯人の男がその弁護士の助手だったという事実が明かされ、物語は予想外の方向に転がり始めます。
殺人事件の裏で、別件の強盗がその家に侵入していたことが発覚し、逮捕された強盗犯に疑いの目が向けられます。捜査を担当する検事は、ちょうど痔の手術を受けるかどうかを悩んでいた最中で、そんな私生活の軽妙さとは対照的に、事件は深刻な展開を見せていきます。検事は自白偏重の姿勢で捜査を進め、強盗犯に対し心理的圧迫をかけ続けた結果、強盗犯も次第に心を折られて自白に至ってしまいます。
表向きには事件が解決し、検事も気軽な態度を見せるのですが、彼の心のどこかに引っかかるものが残っていました。一方で、主人公の弁護士とその上司である弁護士が強盗犯の弁護を担当することとなり、真相への探求が静かに始まっていきます。主人公は検事と一緒に飲む機会があり、その場で「犯人は本当にあの男だったのか」と疑問を投げかける。
その言葉が検事の胸に残り、彼はあらためて調査を進めることになります。そして明らかになっていくのは、殺された女性と主人公の弁護士の間にあった複雑な関係性。弁護士にはかつて婚約者がいたものの、怪文書によって何度も婚約を破棄されていたことが判明し、それらの手紙が亡くなった不倫相手の妻の手によるものではないかという疑念が浮かび上がります。現在の婚約者にも、同様の怪文書が届いていた可能性があることも判明します。
検事は弁護士に対して、あくまで個人的な推測だと前置きしながら、妻を殺害したのはあなただったのではないかと切り出します。最初は強く否定していた弁護士も、次第に良心の呵責に耐えきれなくなり、自らの手で命を奪ってしまったことを告白します。
検事は、強盗犯を誤って犯人と断定してしまった自らの責任に戸惑いながらも、真実を追い求めたことで世間の信頼を得ていく流れとなり、テレビ番組にも出演するようになります。そして、番組を見たという謎の人物から一通の手紙が届きます。それは、事件当日に被害者の自宅に電話をかけたところ、女性の声で応答があったという証言でした。
その証言をきっかけに新たな真実が浮かび上がってきます。実は、弁護士が首を絞めた段階では被害者は死んでおらず、失神した直後に侵入してきた強盗が、とどめを刺していたことが明らかになるのです。つまり、弁護士の行動が致命的だったのかどうかは判然とせず、白と黒、正義と罪の境界が何度も揺れ動いていく構造が、本作の大きな魅力のひとつとなっています。
最後に検事は痔の手術を終えた直後、弁護士が自ら訪ねてきて事件について語り、その後、弁護士が自殺したという報道が流れ、物語は終わります。
ミステリーとしての構成は非常に丁寧で、刑事たちの捜査や、裁判の様子が淡々と描かれる中に緊張感が宿っており、映像の美しさも相まって、飽きることなく最後まで引き込まれました。冒頭で犯人が誰かがわかっていながらも、そこからハラハラドキドキの展開が続き、最終盤でのどんでん返しには思わず息を呑んでしまいます。
あまりに重厚で巧みに構成された脚本だったため、てっきり松本清張の原作かと思っていたのですが、実は橋本忍のオリジナル脚本と知って、さらに驚かされました。サスペンスドラマとしての完成度の高さと、社会の矛盾や人間の良心を描き切った筆致に、ただただ唸らされる作品でした。
☆☆☆☆☆
鑑賞日:2025/07/05 Amazonプライム・ビデオ
監督 | 堀川弘通 |
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脚本 | 橋本忍 |
出演 | 小林桂樹 |
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仲代達矢 | |
井川比佐志 | |
千田是也 | |
三島雅夫 | |
東野英治郎 | |
山茶花究 | |
大空真弓 | |
淡島千景 | |
乙羽信子 | |
小林哲子 | |
木村俊恵 | |
野村昭子 | |
菅井きん | |
岩崎加根子 | |
近藤洋介 | |
中原成男 | |
守田比呂也 | |
榊原秀春 | |
渡辺喜世子 | |
松本清張 | |
稲葉義男 | |
山田清 | |
東野英心 | |
神山寛 | |
内田透 | |
佐伯赫哉 | |
中野伸逸 | |
谷育子 | |
秋好光果 | |
伊藤弘子 | |
中村たつ | |
賀来敦子 | |
横森久 | |
西村晃 | |
浜村純 | |
小沢栄太郎 | |
永井智雄 |