●こんなお話
魚が好きな人の一代記の話。
●感想
ベッドで眠る主人公が静かに起き上がり、丁寧に準備を整えてウェットスーツを着こむ。夜明け前の道を歩き、船に乗り込んでテレビ番組の撮影に臨む。船上から魚影を見つけ、海へ飛び込み、深い海の世界へ身を投じていく。その姿は、ただ魚と共にあることを選び続けてきた人生の象徴のように映る。
物語は主人公の幼少期へと遡る。閉館後の水族館でタコを見つめていた少年時代の彼は、母と兄に手を引かれて帰宅する。学校では好きな魚の絵を夢中で描き、友人から冷やかされても気にせず自分の世界に没頭していた。下校途中に「ぎょぎょおじさん」と呼ばれる謎の人物に追いかけられるなど、奇妙で少し不思議な体験も重なる。海水浴で捕まえたタコをペットにしようとするが、父が料理してしまい強い衝撃を受ける場面は、魚との向き合い方を考えさせる出来事として刻まれる。やがてぎょぎょおじさんの家で魚を見せてもらう約束をするが、父は大反対。母は本人の意思を尊重する姿勢を貫き、自由にさせる。しかし時間を忘れたことで警察に任意同行されるという一幕もあり、彼の幼少期は魚と人との関わりの中で彩られていく。
高校時代になると母との二人暮らしとなり、新聞を作って魚の魅力を発信する。ヤンキーたちに記事が原因で絡まれるが、釣りを通じて交流が芽生え、カブトガニの人工受精に成功して話題になるなど、魚に関する活動はさらに広がっていく。かつて恐れられた「狂犬」と呼ばれる人物も実は幼なじみで、共にイカ釣りを楽しむ場面には不思議な温かさがある。
社会人になると水族館や寿司屋で働くが、失敗や迷走が続き、やりがいを見出せない。キャバクラで昔の知り合いと再会し、その親子と共に暮らすが、魚を手放して必死に生活を支えようとする主人公を見て、親子は静かに去っていく。泥酔して描いたシャッターの絵をきっかけにヤンキー時代の仲間と再会し、その絵が注目を浴びて依頼が舞い込む。さらにはテレビディレクターとなった友人から出演の声がかかり、ついに「さかなクン」として広く知られる現在へとつながっていく。
好きなことを夢中で続ける力、そして親がその気持ちを尊重して見守ることの大切さが、作品全体を貫いているテーマだと感じました。子ども時代や学生時代のエピソードは特に幸福感にあふれ、見ているだけで温かい気持ちになります。一方で社会人編ではやや停滞感があり、恋愛要素などは正直退屈に映る部分もありました。ただ、140分の長尺を通じて「好きこそものの上手なれ」を体現する姿をじっくり描いていた点は意義深いと思います。
そして、さかなクン自身が登場し、主人公にトレードマークのハコフグ帽子を授けるという奇妙なメタ構造。自伝的映画でありながら虚実が交錯する演出はユニークで、観客を不思議な感覚に誘います。最後に『ロッキー2』を思わせるランニングのシーンで物語を締めくくる演出には高揚感があり、観終わった後に温かい余韻が残る作品でした。
☆☆☆☆
鑑賞日:2022/12/04 キネカ大森
| 監督 | 沖田修一 |
|---|---|
| 脚本 | 沖田修一 |
| 前田司郎 | |
| 原作 | さかなクン |
| 出演 | のん |
|---|---|
| 柳楽優弥 | |
| 夏帆 | |
| 磯村勇斗 | |
| 岡山天音 | |
| 西村瑞季 | |
| 宇野祥平 | |
| 前原滉 | |
| 鈴木拓 | |
| 島崎遥香 | |
| 賀屋壮也 | |
| 朝倉あき | |
| 長谷川忍 | |
| 豊原功補 | |
| さかなクン | |
| 三宅弘城 | |
| 井川遥 |


