●こんなお話
ハワイ行きの国際線の機内でバイオテロが発生してパニックになる話。
●感想
ハワイへ向かう旅客機の搭乗前、物語は各登場人物の紹介から始まっていきます。乗員、乗客、空港関係者、そして地上で捜査にあたる刑事たちが順に描かれ、これから起こる騒動の予兆が少しずつ空気の中に漂いはじめます。ある団地の一室に警察が踏み込むと、そこには毒殺された遺体が発見され、やがてこの毒の拡散が、すでに飛び立ったハワイ行きの旅客機内で進行していることが判明します。犯人は、機内にいる。その機体には犯人の妻が搭乗している可能性がある。刑事はその事実を掴み、空へと飛び立った物語を地上から追いかけていくことになります。
機内では、謎の毒によって乗客たちが次々と血を流しながら倒れていきます。発症する者と発症しない者で不安と疑念が募り、限られた空間での疑心暗鬼がじわじわと広がっていく描写には緊張感がありました。飛行機は着陸先を求めて各国の空港に連絡を取り続けますが、感染拡大を恐れる各国から次々に拒否され、空をさまようことになります。そんななかで、乗客たちは世論への影響や国家間の対立を意識しながら、時に冷静に、時に情熱的に「迷惑をかけたくない」という思いで選択をしていきます。
その中で印象的だったのは、過去に乗員を犠牲にしながらも乗客を救った判断を下した元パイロットが、この便に乗っていたという設定。彼のトラウマや後悔が、物語に重層的な奥行きを与えていて、過去と現在が交差する構成も見応えがありました。副操縦士の妻がその元パイロットだったという因縁も、人間関係に複雑さを持たせていたように思います。
地上では刑事が製薬会社の裏を追って奔走し、謎のワクチンの存在を掴んでいきます。そのワクチンが本当に効くのかを確かめるため、刑事自らが毒を浴び、実験台となるくだりにはさすがに驚きましたが、役に徹する姿勢に胸を打たれるものもありました。犯人を機内で拘束して尋問している最中に、突然機体が重力を失ったかのように浮き、次の瞬間、急降下を始めるというシーンでは、観ているこちらも息をのむような緊迫感に包まれました。カメラワークも見事で、逃走する男を刑事が追いかけるワンカットの疾走感も印象に残りました。
後半では、成田空港への着陸を試みる機体に対して、自衛隊が威嚇射撃を行い、さらにはミサイルによってロックオンされるという大胆な展開が登場します。日本の政府がこんなにも強硬な決断を下す描写には、ある種のフィクション的な清涼感があり、現実ではなかなか見られない緊張の構図を描いていたと感じました。
ただ、個人的には終盤の展開に関して、ややテンポや時間の流れが掴みにくい印象もありました。発症してから治るまでの時間経過、成田から韓国への飛行時間、韓国国内で抗議デモが起こり空港を封鎖するまでのプロセスなど、現実の時間軸と照らし合わせて考えると「いつの間に?」と感じる点も多かったように思います。登場人物の感情の流れにもう少し寄り添える余地があれば、さらに没入できたのではないかと感じました。
また、イ・ビョンホンが演じる人物が機内で語るメッセージが全国放送でリアルタイム中継されるくだりなどは、放送の仕組みなどを考えると少し現実感から浮いて見えてしまい、その分だけ物語から一歩引いてしまうような感覚もありました。
とはいえ、パニックとサスペンス、ヒューマンドラマを一気に詰め込んだ密度の濃い一本であり、政治・社会・人間性を問う要素も多く、観終わった後に語り合いたくなるような作品だったと思います。航空機という閉ざされた空間で展開する群像劇の力強さ、そしてその中に生まれる小さな希望や覚悟の瞬間に、映画の力を感じられる時間でした。
☆☆☆
鑑賞日:2023/01/15 丸の内ピカデリー
監督 | ハン・ジェリム |
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脚本 | ハン・ジェリム |
出演 | ソン・ガンホ |
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イ・ビョンホン | |
チョン・ドヨン | |
キム・ナムギル | |
イム・シワン | |
キム・ソジン | |
パク・ヘジュン |