●こんなお話
あっちゃんが団地に引っ越してきて、隣から異音が聞こえてきて……。という話
●感想
冒頭から不穏な空気に包まれていた。中田秀夫監督らしい“音の演出”が非常に効果的で、視覚的なホラーだけではなく、耳を通してじわじわと精神に侵食してくるような不安感が漂っている。とくに序盤、主人公が団地周辺を歩くだけの場面で、隣を歩くおばあさんの引く買い物カゴの「キュルキュル」という音が突然際立って聞こえ始める。このささやかな効果音が意味もなく大きく響いてくる時点で、「これは普通の世界ではない」と思わせられる。その違和感がとても良かったです。
団地に一人で越してきた若い女性が、あるトラウマを抱えながら日常を生きようとする。しかし周囲にはどこか奇妙な空気が立ち込めており、やがて彼女自身の心の中に沈殿していた恐怖が現実と交錯し始める。そんな中、物語の中心にずっと立ち続けるのが前田敦子さん演じる主人公。彼女はほとんど出ずっぱりで、静かに、時に激しく、感情のグラデーションを演じきっていたと思う。顔の陰影が極端に落とされた映像の中で、彼女の表情は一層際立っていて、とても印象的でした。
映像全体も暗く沈んでいて、特に黒の出方が強く、まるで深い闇の底に沈んでいくような気分になる。顔の輪郭が潰れそうになるほどのコントラストが、心の内側の不安や孤独を映し出していて素晴らしい。ただ、物語としては、やや動きに乏しいと感じた部分もあった。ホラー映画の構造として、やはり幽霊側からのアクションや、事件の真相に近づいていくような展開がないと、観ていてテンポが緩やかすぎる印象を受けてしまう。この作品でも主人公が物語の中盤からほとんど何も動かなくなってしまい、その間はどうしても停滞感を覚えてしまいました。
主人公が抱えている過去のトラウマは中盤で明かされるのだが、それを境に、彼女の表情はまるで薬物中毒者のように、どんどん顔色が悪くなっていく。まるで『蘇える金狼』の風吹ジュンさんを思い出すような、青ざめた表情でふらふらと歩く姿には、見る側も不安にさせられる。そんな中で登場する隣人の女性が、実は主人公に霊が憑いていることを告げるという展開になるのだが、その教え方が非常に怖い。このシーンは間違いなく本作屈指の恐怖演出だと感じました。説明の仕方に曖昧さがなく、まるで誰かの真実を突然突きつけられるような緊張感があり、印象に残る場面でした。
その後、動かなくなった主人公に代わって、成宮寛貴さん演じる清掃業の青年が物語を引っ張っていく。この青年もまたあるトラウマを抱えており、それが彼の行動原理となっている。しかし、その描写が少し物足りなく感じられた部分も。なぜ彼がそこまで主人公に献身的なのかがやや弱く、それでも物語のクライマックスでは重要な鍵を握る人物として描かれるため、感情移入が少し難しかったです。
肝心のクライマックスでは、いよいよ幽霊が姿を現してアタックしてきまっすが、来るぞ来るぞという期待が高まった分、実際の登場場面が少し拍子抜けしてしまった感もありました。恐怖のピークはむしろ、静かなシーンや気配だけで構成された部分にあり、あの「間」の怖さの方が印象に残ります。
また、観終わったあとで物語全体を振り返ると、設定の部分にいくつか疑問が残るもので。たとえば、精神的に不安定な若い女性が、どうやって団地の入居審査を通過したのか。あるいは、彼女の両親は一人暮らしを許可したのか。それとも、引っ越してきたこと自体が彼女のトラウマを刺激してしまったのか。そうしたリアリティの薄さは気になった部分でもありました。
それでも、団地という老朽化した空間に漂う孤独感や、住民同士の距離感の描き方はとても良かったと思います。高齢化、孤立、精神的な傷──そうした現代的な問題を、ホラーというフィルターを通して描く構成は、とても秀逸でした。物語冒頭の不安定な映像も、まるで主人公の精神状態そのものを象徴するかのようで、視覚的な演出と心理描写がうまく連動していたように感じました。
全体を通して、どこか現代版の「耳なし芳一」を観ているような趣もあり、怪談の古典的な構造を新しいかたちで描こうとしていた印象が残りました。静かに怖く、静かに苦しく、それでいて観終わったあとに人の心の闇にじっと寄り添ってくれるような作品だったと思う1作でした。
☆☆
鑑賞日:2014/02/28 Blu-ray
監督 | 中田秀夫 |
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脚本 | 加藤淳也 |
三宅隆太 |
出演 | 前田敦子 |
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成宮寛貴 | |
勝村政信 | |
西田尚美 | |
田中奏生 | |
高橋昌也 | |
手塚理美 |