●こんなお話
同僚を好きになったらその相手が好きな相手らしい人が自分とそっくりなことに気づいて探っていく話。
●感想
鯨井令子は、香港の九龍城砦にある不動産会社で働いている。雑多な建物がひしめき合い、細い路地と無数の看板が連なる九龍の街で、物件案内や契約業務をこなしながら暮らしている。職場の先輩である工藤発は九龍の隅々まで知り尽くした男で、昼休みになると屋台で買った菓子や飲み物を手に令子を連れ出し、行きつけの店や路地裏の景色を見せる。工藤は古びた茶餐廳や昔ながらの食堂に令子を案内し、過去にここで食べた料理の思い出を語る。
ある日、二人で入った店で店員から「いつもの彼女さんですね」と声をかけられる。令子は初めて訪れたはずの店でそう言われ、戸惑いを隠せない。工藤は軽く笑って受け流すが、令子の胸には小さな疑問が残る様子。
その後、事務所の整理中に見つけた古い写真の中に、工藤と親しげに寄り添う女性が写っているのを見つける。その女性は令子とまったく同じ顔をしている。しかし、令子にはその写真に写った記憶がない。
令子は自分の過去を振り返ろうとするが、九龍に来る以前の記憶が曖昧であることに気づく。家族のこと、以前の住まい、学生時代の出来事が具体的に思い出せない。
工藤に問いただすと、彼はかつて自分が愛していた女性がいたと語る。その女性はもう亡くなったと示唆される。そして令子は、その女性と同じ顔を持つ存在であることを突きつけられる。
さらに、巨大製薬会社を率いる蛇沼みゆきや、街に出入りする謎の男ユウロンが関わることで、九龍という街そのものが特別な実験的空間である可能性が浮かび上がる。街には再開発の話がありながら、なぜか同じ風景が保たれ続けている。住民たちの記憶や日常も、どこか繰り返されているような違和感を漂わせる。
令子は、自分が亡くなった女性の“代替”として存在している可能性を知る。技術によって生み出された存在なのか、あるいは記憶を移植された存在なのか、その仕組みは明確に説明されないまま、断片的な事実だけが示される。
工藤は亡き恋人への未練と、目の前にいる令子への想いの間で揺れる。令子は、自分が誰かの代わりだとしても、工藤と過ごした時間の感情は自分自身のものであると確信する。
令子は過去の女性の影に縛られるのではなく、いま九龍で働き、食事をし、恋をしている自分として生きる決意を固める。工藤もまた、亡き恋人への執着から一歩踏み出し、令子という存在と向き合う。
九龍の街は相変わらず迷路のように広がり、二人はその中で並んで歩いていく。過去の記憶に規定されない関係を選び取ったところで物語はおしまい。
吉岡里帆さんの存在感がとにかく大きく、彼女の柔らかな表情や九龍の風景に溶け込む佇まいに目を奪われました。細い路地を歩く姿や、屋台で飲み物を手に笑う姿だけでも画面が持つ力があり、約二時間しっかりと見続けることができました。
自分が本物なのか、それとも誰かの代替なのかという葛藤は物語の中心に据えられていますが、設定自体はこれまでにも多く描かれてきた題材であり、新鮮さという点では強い驚きはありませんでした。展開も比較的穏やかで、大きな転換が訪れるわけではないため、物語としての起伏は控えめに感じます。
九龍城という舞台は視覚的に非常に魅力的で、雑多でありながらどこか温度を感じさせる世界観が広がっていました。ただ、この物語でなければ九龍である必然性がどこまであったのかについては、もう一歩踏み込んだ描写が欲しかったという印象も残ります。日本の別の街でも成立する構図に見える場面もありました。
残された者の葛藤や、科学技術を扱う側の倫理観についても描写はありますが、掘り下げはやや控えめで、感情の爆発や衝突が強く描かれることはありません。もう少し踏み込んだ対立や葛藤があれば、より心を揺さぶられたかもしれません。
全体として、雰囲気や俳優の魅力を味わう作品という印象が強い一本でした。強烈な体験というよりも、静かな空気に身を委ねる映画であり、好みが分かれるタイプの作品だと感じました。
☆☆
鑑賞日:2026/03/22 NETFLIX
| 監督 | 池田千尋 |
|---|---|
| 脚本 | 和田清人 |
| 池田千尋 | |
| 原作 | 眉月じゅん |
| 出演 | 吉岡里帆 |
|---|---|
| 水上恒司 | |
| 柳俊太郎 | |
| 梅澤美波 | |
| 曾少宗 | |
| 花瀬琴音 | |
| 諏訪太朗 | |
| 三島ゆたか | |
| サヘル・ローズ | |
| 関口メンディー | |
| 嶋田久作 | |
| 山中崇 | |
| 竜星涼 |

