映画【<39>刑法第三十九条】感想(ネタバレ):記憶喪失の殺人犯が語る、多重人格と正義の境界線

39 keihô dai sanjûkyû jô
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●こんなお話

 殺人事件の容疑者の精神鑑定を行って容疑者の過去とかを探る話。

●感想

 ある夫婦が自宅で殺害されるという事件が起こる。容疑者として逮捕されたのは若い劇団員。本人も自白はしているが、記憶を失っていると主張し、真相はぼんやりとしたまま。精神鑑定のために大学教授とその助手である主人公が刑務所を訪れ、面会と観察が始まっていく。

 教授が丁寧に質問を重ねる中で、被疑者には複数の人格が存在しているかのような反応が現れる。笑ったかと思えば急に泣き出し、別の口調になったりと、人格が入れ替わっているような受け答え。教授は多重人格であり、精神に疾患があるとして責任能力はないと判断を下す。一方で、その様子を間近で見ていた助手の主人公は、何かが引っかかっているような感覚にとらわれる。本当にこの男は精神に異常をきたしているのか、それとも演技をしているだけなのか。

 違和感をぬぐえない主人公は、容疑者の過去を丹念に調べていく。やがて浮かび上がるのは、以前に少女が殺害された事件との接点。その事件でも、同じ男が精神鑑定を経て無罪放免となっていた。当時の記録を読み返し、現地を訪ね、少女の兄にも話を聞きに行く。その過程で、かつての事件が人々の記憶から風化しかけている一方で、遺族の心の中にいまだに癒えぬ痛みが残っていることに気づかされる。

 そして迎えた公開鑑定の場。裁判所で多くの人々が見守る中、主人公が証言を行う。物語の核心に迫るその場で、意外な真実が明かされる。実は逮捕された劇団員は、かつての少女殺害事件の犯人ではなかった。真犯人はその少女の兄であり、彼は39条に守られて無罪になった過去をもつ男を今になって陥れ、世間と司法制度への抗議として今回の事件を仕立てていた。精神障害とされることで刑を免れた過去をもつ人間が、また無罪になる。そんな理不尽を世に知らしめるために。物語はそこで終わりを迎える。

 全体的に、映像は日本のありふれた住宅街や線路といった景色を映すだけで、何か底知れぬ不気味さが伝わってきました。カメラは静かに人々の表情をとらえ、湿度を含んだ空気感が画面越しに伝わるようで、じわじわと心を締めつけられるような感覚がありました。明確な恐怖をあおるのではなく、日常の裂け目から何かがのぞくような演出が印象的でした。

 ただ、ストーリーの構造としてはやや淡々としており、いわゆるミステリーとしての盛り上がりやサスペンス的な高揚感は抑えられている印象でした。人が入れ替わることで驚かせる「砂の器」的な構成にも通じるものがありますが、それが前面に出てこないため、緊張感が継続するというよりも、少しずつ熱が冷めていくような感覚もありました。

 森田芳光監督らしい編集のリズムや音使いの面白さには惹かれましたが、130分という尺の中で観客を引っ張っていく力としてはやや弱く感じられる部分もありました。幼少期の記憶を回想として挿入する試みも見られますが、静かなトーンが続くために、人物たちの背景が少しずつあいまいになり、だんだんと「この人は誰だっけ」と意識がぼやけてしまうこともありました。

 作品全体としては、刑法39条というテーマに正面から向き合いながらも、その理不尽さや重さが物語の熱として観客に伝わるには、もう一段階の押し出しが欲しかったとも感じました。被害者家族の苦悩や、責任能力と法律のあいだで揺れる人間の矛盾はしっかり描かれているものの、それが観客の感情にまで届いてくるかという点では、少し距離があるようにも思えました。

 それでも、ジャンルとしての枠を超えて、法制度そのものに問いを投げかけるような構成には見応えがあり、俳優陣の緊張感ある芝居と相まって、観る側に静かな余韻を残す作品だったと思います。

☆☆☆

鑑賞日:2023/02/18 WOWOW

監督森田芳光 
脚本大森寿美男 
原作永井泰宇 
出演鈴木京香 
堤真一 
岸部一徳 
杉浦直樹 
樹木希林 
江守徹 
吉田日出子 
山本未來 
勝村政信 
國村隼 
大地泰仁 
笹野高史 
竹田高利 
入江雅人 
春木みさよ 
菅原大吉 
南イサム 
浅井美歌 
吉谷彩子 
河村一代 
吉田勇己 
佐藤恒治 
小林トシ江 
磯部弘 
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田村忠雄 
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ラッキィ池田 
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