●こんなお話
殺人事件の容疑者の精神鑑定を行って容疑者の過去とかを探る話。
●感想
ある夫婦が自宅で殺害されるという事件が起こる。容疑者として逮捕されたのは若い劇団員。本人も自白はしているが、記憶を失っていると主張し、真相はぼんやりとしたまま。精神鑑定のために大学教授とその助手である主人公が刑務所を訪れ、面会と観察が始まっていく。
教授が丁寧に質問を重ねる中で、被疑者には複数の人格が存在しているかのような反応が現れる。笑ったかと思えば急に泣き出し、別の口調になったりと、人格が入れ替わっているような受け答え。教授は多重人格であり、精神に疾患があるとして責任能力はないと判断を下す。一方で、その様子を間近で見ていた助手の主人公は、何かが引っかかっているような感覚にとらわれる。本当にこの男は精神に異常をきたしているのか、それとも演技をしているだけなのか。
違和感をぬぐえない主人公は、容疑者の過去を丹念に調べていく。やがて浮かび上がるのは、以前に少女が殺害された事件との接点。その事件でも、同じ男が精神鑑定を経て無罪放免となっていた。当時の記録を読み返し、現地を訪ね、少女の兄にも話を聞きに行く。その過程で、かつての事件が人々の記憶から風化しかけている一方で、遺族の心の中にいまだに癒えぬ痛みが残っていることに気づかされる。
そして迎えた公開鑑定の場。裁判所で多くの人々が見守る中、主人公が証言を行う。物語の核心に迫るその場で、意外な真実が明かされる。実は逮捕された劇団員は、かつての少女殺害事件の犯人ではなかった。真犯人はその少女の兄であり、彼は39条に守られて無罪になった過去をもつ男を今になって陥れ、世間と司法制度への抗議として今回の事件を仕立てていた。精神障害とされることで刑を免れた過去をもつ人間が、また無罪になる。そんな理不尽を世に知らしめるために。物語はそこで終わりを迎える。
全体的に、映像は日本のありふれた住宅街や線路といった景色を映すだけで、何か底知れぬ不気味さが伝わってきました。カメラは静かに人々の表情をとらえ、湿度を含んだ空気感が画面越しに伝わるようで、じわじわと心を締めつけられるような感覚がありました。明確な恐怖をあおるのではなく、日常の裂け目から何かがのぞくような演出が印象的でした。
ただ、ストーリーの構造としてはやや淡々としており、いわゆるミステリーとしての盛り上がりやサスペンス的な高揚感は抑えられている印象でした。人が入れ替わることで驚かせる「砂の器」的な構成にも通じるものがありますが、それが前面に出てこないため、緊張感が継続するというよりも、少しずつ熱が冷めていくような感覚もありました。
森田芳光監督らしい編集のリズムや音使いの面白さには惹かれましたが、130分という尺の中で観客を引っ張っていく力としてはやや弱く感じられる部分もありました。幼少期の記憶を回想として挿入する試みも見られますが、静かなトーンが続くために、人物たちの背景が少しずつあいまいになり、だんだんと「この人は誰だっけ」と意識がぼやけてしまうこともありました。
作品全体としては、刑法39条というテーマに正面から向き合いながらも、その理不尽さや重さが物語の熱として観客に伝わるには、もう一段階の押し出しが欲しかったとも感じました。被害者家族の苦悩や、責任能力と法律のあいだで揺れる人間の矛盾はしっかり描かれているものの、それが観客の感情にまで届いてくるかという点では、少し距離があるようにも思えました。
それでも、ジャンルとしての枠を超えて、法制度そのものに問いを投げかけるような構成には見応えがあり、俳優陣の緊張感ある芝居と相まって、観る側に静かな余韻を残す作品だったと思います。
☆☆☆
鑑賞日:2023/02/18 WOWOW
監督 | 森田芳光 |
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脚本 | 大森寿美男 |
原作 | 永井泰宇 |
出演 | 鈴木京香 |
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堤真一 | |
岸部一徳 | |
杉浦直樹 | |
樹木希林 | |
江守徹 | |
吉田日出子 | |
山本未來 | |
勝村政信 | |
國村隼 | |
大地泰仁 | |
笹野高史 | |
竹田高利 | |
入江雅人 | |
春木みさよ | |
菅原大吉 | |
南イサム | |
浅井美歌 | |
吉谷彩子 | |
河村一代 | |
吉田勇己 | |
佐藤恒治 | |
小林トシ江 | |
磯部弘 | |
土屋久美子 | |
田村忠雄 | |
井上博一 | |
ラッキィ池田 | |
いかりや長介 |