●こんなお話
ひとかどの侍になりたいと示現一流の使い手である浪人が井伊直弼暗殺をしようとする水戸浪士たちのグループの噂を嗅ぎつけて参加するけど、主人公の素性を怪しむ幹部たちがいて彼らが身元調査していく話。
●感想
一人の記録係の目を通して語られる物語は、最初からどこかミステリアスな空気を漂わせている。舞台となるのは幕末の動乱期。その騒がしさを背景にしながらも、物語の進行はあくまで淡々と、そしてじわじわと核心へと迫っていく構成で、冒頭から引き込まれる。語り手のナレーションが導くかたちで、主人公がどのように攘夷派のグループに関わるようになったのか、その輪郭が徐々に明らかになっていく。
剣の腕に長けた主人公は、ただ力だけで生きてきた男ではなく、学問に通じた浪人との対話を通じて、その内面に揺れ動く人間味を見せていく。対照的な二人が親友のような関係性を築いていくくだりは、情勢が不安定な時代の中で、ほんの一瞬の静けさを感じさせる。剣と知の対話。そのバランスが本作の前半の見どころとなっており、見ていて心地よい緊張感を味わうことができました。
中盤からは主人公が自らの出自や背景を探るように、金策のために古い知人を訪ね歩く展開に移っていく。ここで女性たちが登場し、それぞれの立場から主人公についての記憶を語っていく場面が続いていきます。記録係のナレーションという視点からは一旦離れ、別の目線が加わることによって、より人物像に厚みが出ていくのは興味深かったのですが、井伊直弼の暗殺という物語の軸からやや遠ざかってしまったようにも感じられ、ややテンポが落ちる印象も受けました。ただ、時代背景や登場人物の過去を補完する意味では、丁寧な作りとも言えそうです。
そしていよいよクライマックスは、桜田門外の変。雪が静かに、しかし容赦なく降り積もるなか、激しい斬り合いが展開されていく様子には、まさに息をのむ迫力がありました。なかなか井伊直弼の籠にたどり着けない焦燥感、護衛に阻まれながら突き進む浪士たちの姿。その混乱と興奮が画面いっぱいに広がっていき、目が離せない時間が続いていきます。
そして何より、剣の道を求め、侍になりたいと願っていた主人公が、その行動によって侍の時代に終わりを告げる引き金を引いてしまうという皮肉な構造。時代に逆らうつもりが、時代そのものを終わらせてしまう構図は、なんとも感慨深く、深い余韻を残してくれました。
登場する浪士たちのなかでも、特に首領である伊藤雄之助の存在感が際立っており、その不気味さと威圧感には独特の魅力がありました。静かに、しかし確実に場の空気を支配するような佇まい。まさに、物語の重心とも言えるような人物でした。
全体として、幕末の一大事件を中心に据えながらも、人間模様や内面の葛藤を丁寧に描いていく本作。歴史的事実をベースにしながらも、記録係の語りというフィルターを通すことで、より静かに、そして確実に観る者の心に残る作品になっていたと思います。
☆☆☆☆
鑑賞日:2011/02/14 DVD 2014/02/20 DVD
監督 | 岡本喜八 |
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脚色 | 橋本忍 |
原作 | 群司次郎正 |
出演 | 三船敏郎 |
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小林桂樹 | |
伊藤雄之助 | |
松本幸四郎 | |
新珠三千代 | |
田村奈己 | |
八千草薫 | |
杉村春子 | |
東野英治郎 |