●こんなお話
高畑勲監督版竹取物語。
●感想
物語は竹林の中、翁がひときわ光る竹を見つけ、そこから生まれた小さな女の子を家へと連れ帰るところから始まる。その不思議な少女は、あっという間にすくすくと育っていく。田畑に囲まれた山里でのびのびと駆け回り、「たけのこ〜」と周囲の子どもたちからからかわれる様子や、笑ったり怒ったりする豊かな表情が印象に残る。水彩画のような柔らかなアニメーションが、子どもたちの遊びと自然の美しさを鮮やかに描き出していた。
そして、猪に追いかけられたときに助けてくれた少年・捨丸との出会いも大きな転機となる。山の暮らしの中で出会い、笑い合い、季節の中で過ごす幼い時間は、かぐや姫にとってかけがえのないものであったことが後にわかってくる。
しかし、その穏やかな時間はそう長くは続かない。翁が姫にふさわしい暮らしをと願い、都へと移ることになる。姫は高貴な存在として教育され、「姫君」としての立場を与えられる。ここから、かぐや姫の「試練」の時間が始まる。美しさが評判となり、次々と名家の男性たちが求婚に現れる。姫は結婚を拒むために、彼らに不可能な課題を突きつける。無理難題を前に彼らは翻弄され、誰一人として願いを叶えることができず、傷ついたり命を落としたりしていく。
ここで描かれるのは、かぐや姫が自分の選択で人を不幸にしてしまったという苦しみだったのだと思います。また、翁の気持ちを考えずに自分のことばかりを優先してしまったこと、さらには捨丸が盗みを働いたときに手を差し伸べられなかったことなど、彼女が背負う「罪」とも言える感情がじわじわと積み重なっていきます。
そしてついに帝までもが姫に言い寄ってくる。ここでかぐや姫は本気で「もうここにはいたくない」と願い、その想いが天に届いてしまう。姫の正体が明かされ、天から迎えがやってくることになる。十五夜までの限られた時間の中で、かぐや姫は山に戻る。そこで成長した捨丸と再会し、二人で空を舞う幻想的なシーンが描かれます。
この場面が夢なのか現実なのか、観ている側にもはっきりとはわからない構成になっているのが印象的でした。最初は「捨丸、簡単に不倫か」と思ってしまったのですが、彼が目を覚ました後の様子を見て、これは夢であり、しかし夢の中で彼の願いが一度叶えられたのだという解釈もできるように思いました。宴の最中、姫が逃げ出して山に駆けつけたときの描写も同様に、現実と夢の間をゆらゆらと揺れるような演出がされていて、心に残りました。
ラスト、育ての親との別れの場面では、久石譲さんの音楽が静かに流れ始めて、こらえていた感情がぐっと込み上げてくるような時間になっていました。涙を誘う場面でしたが、あくまで抑えた演出で、それがかえって余韻を残す効果を生んでいたように感じました。
音響の演出も素晴らしく、特に効果音の使い方が印象的で、風の音や布の擦れる音ひとつとっても、その場の空気を丁寧に伝えてくれるものでした。どうやって演出しているのか気になってしまうほどでした。
この作品で感心した点は、平安時代の生活の細部が丹念に描かれていたところです。百姓の暮らしぶり、貴族の衣の動き、道具や食器の扱い方など、どれも美術や作画の力が際立っていました。捨丸の家族が暮らす様子や、姫が織物や椀作りを手伝うシーンにも、手触りのようなリアルさがあって引き込まれました。
全体として、楽しい展開や冒険要素は控えめで、主人公がひたすらに苦悩して涙を流す、重たい物語でしたが、心に静かに響く繊細な映画だったと思います。グッドとバッドの繰り返しというわかりやすい構造ではなく、陰影に満ちた流れの中で登場人物の心が丁寧に掘り下げられていました。
最後にかぐや姫が言う、「この世は汚れてなんかいない。みんな彩りに満ちていた」という台詞には心を打たれました。あれほど悲しい別れや苦しみを経験した末に、そんな言葉が出てくるということに、大きな優しさと赦しが込められているように思います。この世は辛いことばかりではなく、確かに喜びに満ちた美しい場所である。そう信じさせてくれる一本でした。日本に生まれて、この物語に触れられて良かったと感じられる素晴らしいアニメーションでした。
☆☆☆☆☆
鑑賞日: 2013/11/30 イオンシネマ多摩センター
監督 | 高畑勲 |
---|---|
脚本 | 高畑勲 |
坂口理子 | |
原案 | 高畑勲 |
出演(声) | 朝倉あき |
---|---|
高良健吾 | |
地井武男 | |
宮本信子 | |
高畑淳子 | |
田畑智子 | |
立川志の輔 | |
上川隆也 | |
伊集院光 | |
宇崎竜童 | |
中村七之助 | |
橋爪功 | |
朝丘雪路 | |
仲代達矢 |