●こんなお話
母親の足跡を探る姉弟が自分たちの出生を探る話。
●感想
冒頭、戦火の中、足首に印をつけられた一人の少年が、兵士として訓練されていく様子が静かに映し出される。銃声と怒号が交差する世界で、その子どもは名前も与えられぬまま、ただ命じられるがままに命を奪う術を身につけていく。
場面が切り替わると、舞台は現代。カナダの静かな町で、双子の姉と弟が母の遺言を聞かされる。母は亡くなる直前に手紙を残していた。その内容は、まだ見ぬ兄と、存在すら知らなかった父を探し出して渡してほしいというものだった。母の過去を辿る旅は、そのまま双子の知らなかったルーツを掘り起こす時間となり、彼らの足元を揺るがしていく。
二人はそれぞれの道で母の足跡を追い、物語は過去と現在を行き来しながら進んでいく。場面転換は一切の説明を排し、自然と時間が入れ替わっていく。何が現在で、どこからが過去なのか、気づけば曖昧になっていくけれど、鑑賞を続けるうちに、それすらこの物語の一部に感じられるようになる。
母は若いころ、キリスト教徒でありながらイスラム教徒の青年を愛してしまう。その関係は、宗教と家族の名のもとに引き裂かれ、彼女は産んだ子をすぐに奪われてしまう。その後、内戦へと突入していく祖国で、母はさらなる地獄を見ることになる。彼女の声に耳を傾ける者はおらず、やがて政治犯として拘束され、収容所に送られた彼女に待っていたのは、拷問、暴力、そしてレイプだった。そうしてまた新たな命を身ごもってしまう。
物語の途中で、観る者はある予感を抱いていって。その予感は、淡々と積み重ねられる事実の描写によって裏付けられていき、やがて“父”が拷問官であったという真実に辿りつく。では、“兄”はどこにいるのか——。
双子はそれぞれ別の場所で兄を探すが、その道筋が、最終的に1つに交差する。そして判明する、あまりにも過酷な真実。過去と現在が静かに重なり、隠されていた人生の全貌が姿を現す瞬間に、スクリーンは深い沈黙に包まれるという。この世界に、本当に神は存在するのか。そんな問いを胸に抱えたまま、観る者はしばらく身動きが取れなくなる。
終わってしばらくの間、言葉が出てきませんでした。何がどうだった、という前に、ただひたすらに胸の中がざわついていたのを覚えています。物語の展開があまりに衝撃的で、かつ繊細に積み重ねられていたため、途中で見え隠れする真実に気づきながらも、まさか…という気持ちが先に立ってしまって。けれど、最後にはきっちりと突きつけられました。
時間軸が入り乱れる構成には多少の戸惑いもありましたが、それもあえて整理されていない感情や記憶の象徴のように感じられ、途中からは違和感もなくなっていきました。むしろ、その混乱こそが双子の心象風景と重なるようで、観ていて胸が痛みました。
母の人生をたどるという形を取りながら、それが双子自身の人生の再構築にもつながっていく流れがとても丁寧で、終盤の真実にたどり着くまでの描写も、決してセンセーショナルに過ぎることなく、むしろ静かで抑制されていたのが印象的でした。
兄の正体に気づく場面では、悲しさや怒りよりも先に、どうしてこんなことが起こるのだろうかという虚無感のようなものが押し寄せてきて。そこには、誰のせいとも言い切れない歴史の暴力や、個人のどうしようもなさが静かに横たわっていたように思います。
映画を観終わったあと、ふと天を仰ぎたくなるような、そんな作品でした。
☆☆☆☆
鑑賞日:2012/08/22 DVD
監督 | ドゥニ・ヴィルヌーヴ |
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脚本 | ドゥニ・ヴィルヌーヴ |
原作 | ワジ・ムアワッド |
出演 | ルブナ・アザバル |
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