映画【生きる】感想(ネタバレ):余命75日の男が見つけた本当の人生

ikiru
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●こんなお話

 後75日しか生きられない男の話。

●感想

 役所勤めで30年、ただ流されるように働き続けてきた男が、余命わずか75日と宣告されるところから物語は始まります。彼は長年、無気力に日々を過ごしてきましたが、ある日、地域の母親たちが子どもの遊び場に困っている姿を目にします。そして、空き地に公園を作るという、小さくも意味のある行動を決意します。

 物語は前半、淡々とした日常の描写から始まり、やがて主人公が医師から胃がんであると診断を受けることで大きく動き始めます。人生の終わりが近いと知った男は、居酒屋で出会った自由な生き方をする男に誘われ、パチンコやダンスホールなどに足を運び、「遊ぶ」ことを体験していきます。ただそれも、心の奥底から満たされるようなものではなく、どこか表面的に感じてしまいます。

 そんな中、職場の若い女性職員と偶然時間を過ごすようになり、彼女の屈託のない明るさと、今この瞬間を大事にする姿に触発され、主人公の内面にも少しずつ変化が芽生えていきます。何十年も灰色だった人生に、少しずつ光が差し込むような感覚。その描写がとても繊細で、観ているこちらの心にも染み入ります。

 そして、開始からおよそ50分を迎えた頃、なんと主人公が……という衝撃の展開が訪れます。ここからは、彼の死後を軸にして、回想と現在が交差しながら、なぜ彼が最後にあのような行動を取ったのかが丁寧に描かれていきます。その描き方がまた絶妙で、主人公の想いが少しずつ浮かび上がってくる構成に、静かな感動を覚えました。

 「今、自分は本当に生きているのか?」。映画を観ながら、ふとそんな問いが頭をよぎります。現代に生きる私たちにとっても非常にリアルなテーマで、考えさせられる瞬間がいくつもありました。劇中で描かれる階段のシーンでは、かつて可愛かった息子のみつおを呼びかける声に、父としての愛情と悔いがにじみ、じんわりと胸を打たれました。あの場面で、主人公が階段の途中で動きを止める描写には、笑いと切なさが入り混じっていて印象的です。

 演じた志村喬さんは、終始、抑えたトーンで語り、役の心情を静かに表現していました。声がやや聞き取りにくい場面もありますが、それもまた彼の内向的な性格を表す要素として機能していたように感じます。前半の伊藤雄之助さんとの「遊び」のシークエンスが少し長く思える部分もあるかもしれませんが、そこに描かれる虚しさや空虚感が後半への対比として効いていると感じました。

 140分という時間のなかに、人生の意味、生きるということの価値がぎゅっと詰め込まれており、静かだけれど心に残る映画体験となりました。

☆☆☆☆☆

鑑賞日: 2013/07/28 DVD

監督黒澤明 
脚本黒澤明 
橋本忍 
小国英雄 
出演志村喬 
金子信雄 
関京子 
小堀誠 
浦辺粂子 
南美江 
小田切みき 

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