●こんなお話
刑事が余命いくばくもない奥さんと旅に出る話。
●感想
刑事の西は、ある事件をきっかけに人生が大きく狂い始める。入院中の妻を見舞うため張り込み現場を離れた際、同僚の堀部が凶悪犯に銃撃されて下半身不随となり、さらに若い刑事の田中が命を落としてしまう。西は自分がその場にいなかったことに強い責任を感じ続ける。
一方で妻・美幸は重い病を患っており、残された時間は多くない。西は警察を辞め、妻との時間を優先する道を選ぶ。しかし現実は厳しく、治療費や生活費、さらには亡くなった田中の遺族への援助など、多くの問題を抱えていた。
車椅子生活となった堀部もまた絶望の中にいた。仕事を失い、家族も去り、生きる希望を見失っていたが、ある日から絵を描き始める。色鮮やかな花や動物を組み合わせた幻想的な作品を描き続けることで、少しずつ自分自身を取り戻していく。その画材を匿名で送り続けていたのは西だった。
追い詰められた西はヤクザから借金をするが返済できなくなり、ついには銀行強盗を決行する。警察官に扮して銀行へ入り込み、大金を奪うことに成功する。手に入れた金は借金返済だけでなく、田中の未亡人への援助や堀部への支援、そして妻との最後の旅のために使われる。
その後、西は退院した美幸を連れて旅に出る。二人は雪景色の中を歩き、海辺を訪れ、凧揚げを眺め、寺を訪れたりと各地を巡っていく。
しかし西の周囲には常に暴力の影がつきまとう。銀行強盗の痕跡を追う元同僚たち、さらに金の匂いを嗅ぎつけたヤクザたちが西を追い始める。旅先で襲撃された西は拳銃を手に応戦し、追手を容赦なく射殺していく。
やがて旅の終着点となる海辺へたどり着く。西と美幸は並んで海を眺めながら静かな時間を過ごす。そこへ西を追っていた元同僚たちも現れるが、すぐには逮捕しようとしない。二人に最後の時間を与えるように距離を置く。長い沈黙のあと、美幸は「ありがとう」と一言だけ口にして銃声が響いておしまい。
セリフに頼らず映像で感情を伝える演出が徹底されていて、映画全体に独特の静けさが流れています。
主人公の西はとにかく無口です。開始からかなりの時間が経ってもほとんど喋らず、感情も表に出しません。その姿はまさに北野武さんがこれまで演じてきたヤクザやアウトローの延長線上にあるような人物で、刑事でありながら一般的な刑事ドラマの主人公とはまったく異なる存在でした。
その反面、美幸との関係は本当に素晴らしく描かれています。二人とも多くを語りません。普通の映画なら説明のセリフが入る場面でも、ただ隣に座るだけだったり、同じ景色を見るだけだったりします。しかし、その沈黙の中から夫婦の深い絆が自然と伝わってきます。
旅のシーンも印象的でした。雪景色や海辺など日本各地の風景が美しく映し出され、死へ向かう物語でありながら不思議な穏やかさがあります。人生の終着点へ向かうロードムービーとして見ても非常に魅力的でした。
一方で、西の暴力性には驚かされます。相手が誰であろうと躊躇なく殴り、撃ち、殺していく姿は恐ろしく、刑事という肩書きを忘れてしまうほどです。良くも悪くも北野映画の主人公そのもので、ヤクザ映画の主人公を刑事に置き換えたような感覚がありました。
また、序盤は時系列が頻繁に前後するため少し理解しにくい部分もありました。堀部が負傷した経緯や田中の死、美幸の病状などが断片的に語られるため、物語に入り込むまで少し時間がかかります。しかし全体像が見えてくると、それぞれの出来事が西の背負う罪悪感へとつながっていることがわかり、作品への理解も深まります。それに西は話しませんが、周りの刑事やヤクザたちが説明台詞を喋りすぎるきらいがあったと思います。
そして何より印象に残るのは、激しい暴力描写と静かな愛情表現が同じ作品の中で違和感なく共存している点です。人が殴られ、撃たれ、命を落とす場面がある一方で、夫婦がただ寄り添って景色を見るだけの場面にも同じくらいの重みがあります。この極端なコントラストこそが『HANA-BI』の最大の魅力でした。
派手な展開やわかりやすい感動を求める作品ではありませんが、夫婦の愛情や人生の終わり方を静かに見つめる作品として非常に心に残る一本でした。北野武監督の世界観が凝縮された代表作として、多くの映画ファンに長く愛されている理由を実感できる映画でした。
☆☆☆
鑑賞日:2008/09/06 DVD 2011/02/13 DVD 2026/06/25 DVD
| 監督 | 北野武 |
|---|---|
| 脚本 | 北野武 |
| 出演 | ビートたけし |
|---|---|
| 岸本加世子 | |
| 大杉漣 | |
| 寺島進 | |
| 白竜 | |
| 渡辺哲 | |
| 薬師寺保栄 | |
| 大家由祐子 | |
| 芦川誠 | |
| 逸見太郎 | |
| 矢島健一 | |
| つまみ枝豆 |


