●こんなお話
企業化していくヤクザの話。
●感想
冒頭から強烈なインパクトで始まる。飛行機のタラップをゆっくりと降りてくるのは、着流し姿に日本刀を手にした高倉健さん。空港の風景とまるでかみ合っていないその姿に、一体この映画はいつの時代を舞台にしているのかと頭が混乱する。まるで昭和でも現代でもない、時間の狭間をふらふらと歩いているような、そんな不思議な導入。
健さんがアメリカから持ち帰ったのは、亡き父の形見である日本刀。父はペリリュー島で戦死しており、その思いを胸に健さんは今、寿司屋を営んでいる。彼の静かな人生に、ある日、梶芽衣子さん演じる雑誌記者が現れる。眼差しひとつで射抜くような視線を向ける彼女の強い存在感が印象的で、健さんと一瞬で惹かれあっていく。
競馬場では健さんがあっさりと500万円を当てる場面が描かれるのだが、当の本人はほとんど反応せず、周囲がざわついても顔色ひとつ変えない。馬券を買っていたのかどうかすら曖昧なまま、当てたことにさほど意味がないかのように振る舞う健さんの無口な佇まいが面白く映る。
その後、健さんと梶さんは夜の屋台が並ぶ通りでデートを楽しむ。高額配当を当てたばかりなのに、向かう先が夜店というあたりに素朴さがあふれている。中学生のようなデートコースではあるけれど、ふたりの間に流れる空気はまぎれもなく大人のそれで、健さんが「物心ついてから一番幸せだ」と語る場面には、どこかしら切実さが感じられた。
物語の一方では、関西と関東のヤクザが一堂に会し、ノミ屋に関する勢力争いが進行していく。関西側が関東の勢力をまとめようと動くが、それに反発するのがかつて健さんと兄弟盃を交わした関東の組。そこから抗争は加速し、健さんの知己が次々と命を落としていき、彼は復讐に身を投じていくことになる。
ただ、このあたりから物語は二つの軸──ラブストーリーと抗争劇──がうまく噛み合わなくなっていく印象がありました。健さんが恋に落ちていく流れと、関西ヤクザとの抗争に巻き込まれていく筋立てが、どこか並行しているだけで交わらないように思えました。個々の場面は魅力的なのですが、全体としてはどうにも散漫に感じてしまう部分もあったように思います。
ゴルフ場での追いかけっこをしながらの銃撃戦、関西と関東を股にかけて動く安藤昇さんの姿、そしてあまりにも衝撃的なその退場。さらにエロ本を手にする健さんの姿や、ラストの殴り込みシーン。そこではなぜか敵の親分だけが揃っており、あっさりと事が進む。と思いきや、どこからか湧いてくる子分たち。あれよあれよと進む展開に戸惑いつつも、どこか奇妙なテンポが癖になっていく感覚もありました。
ラブストーリー、兄弟の義理、関西勢との対立、それぞれに熱量が込められているのですが、それが一つの線として繋がりきらず、ややちぐはぐな印象を受けました。それでも、健さんをはじめとする俳優陣の芝居には凄みがありました。アップの多用や、登場人物の表情の圧がとにかく強くて、リアクションの顔だけで笑ってしまうほど。とくに喋っていないときの顔にこれほど力が入っている映画もそうそう無いのではないかと感じます。
石井輝男監督に橋本忍脚本という、夢のような顔合わせで制作された本作。ジャンルとしては任侠映画に分類されるのかもしれませんが、恋愛、抗争、風刺、どれにも収まらない不思議な作品で、観終えたあとに残るのは、熱と勢い、そして少しばかりの困惑でした。しかし、どこかクセになるような空気感が漂っており、観ていて妙に楽しいという感覚も確かにあったのです。
☆☆☆
鑑賞日:2012/11/14 DVD
監督 | 石井輝男 |
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脚本 | 橋本忍 |
出演 | 高倉健 |
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郷えい治 | |
成田三樹夫 | |
夏八木勲 | |
梶芽衣子 | |
中村英子 | |
小池朝雄 | |
内田朝雄 | |
辰巳柳太郎 |