映画【夢】感想(ネタバレ):黒澤明の夢が映像に!幻想と記憶の世界

dreams
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●こんなお話

 夢の話。

●感想

 『夢』というタイトルのとおり、八つの短編がそれぞれ夢のかたちをとりながら展開されていくオムニバス形式の作品。それぞれの話がまるで夢の記憶のように不確かで、けれどもどこか懐かしさや、心の奥に引っかかる印象を残していきます。

 第1話【日照り雨】では、少年が狐の嫁入りを目撃する夢を描いています。お天気雨が降る中、竹林の奥で繰り広げられる婚礼の行列は、現実とは思えないほど幻想的で、その空気感に包まれるようでした。最初に映る板塀の表札に「黒澤」と書かれていて、少年が黒澤明監督の幼少期を投影しているのだと静かに示されるところから、この作品が監督自身の内的風景をたどる構成であることが分かってきます。

 続く第2話【桃畑】もまた少年時代の夢。桃の花が咲き乱れるあぜ道、広がる田園風景。明治時代の情景でありながら、どこか自分の記憶の中にも似たような空気があるような、不思議な懐かしさに包まれました。記憶と幻想が混ざり合い、観ている者の感情にやわらかく触れてくるのが印象的です。

 第3話の【雪あらし】は、一転して重厚な空気が漂います。雪山の吹雪の中、男が出会う不思議な女。執拗なまでに追いかけてくる雪女の存在感に圧倒されてしまい、映像の静けさとは裏腹に、心の中では冷たい緊張感が張り詰めていました。観ていてやや疲れを感じるほどでしたが、それもまた夢のように否応なしに押し寄せてくる感情として印象に残ります。

 個人的に最も心を動かされたのは第4話の【トンネル】です。全滅したはずの部隊が、闇の中から次々と姿を現すシーンは圧巻でした。画面の構図、光と影の使い方、兵士たちの無言の行進。その一つひとつが、戦争の記憶と向き合う黒澤監督ならではの真摯な眼差しを感じさせ、映像そのものに込められたエネルギーに心を打たれました。

 第5話の【鴉】では、ゴッホの絵画の中に少年が入り込んでいくという展開が実にユニーク。跳ね橋の上の馬車や、洗濯をする女性たちが絵の中で動き出す様子にワクワクさせられました。色彩の鮮やかさ、絵と現実の境界が曖昧になる演出に引き込まれます。しかしその楽しげな映像の裏にあるのは、画家ゴッホの孤独や苦悩。自画像が描けず耳を切り落としたという逸話を重ねる場面は、明るい色彩との対比が胸を打ちました。

 第6話の【赤富士】になると、夢の中に未来の災厄が描かれていきます。富士山が噴火し、原子力発電所が破壊され、放射性物質が空を染めていく。ストロンチウム、セシウムといった名前が飛び交い、2011年以降に観るとどうしても現実の災害を思い起こさせてしまいます。鮮やかな映像と対照的に、じわりと不安が胸に広がる感覚がありました。

 第7話の【鬼哭】も放射能のテーマを引き継いでいます。人間が鬼になってしまうという設定は寓話的で、今作の中でも特にメッセージ性の強いパートとなっています。説明的な台詞が多めではありましたが、破壊と再生をめぐる問いかけが、観る者の心に静かに残っていきます。

 そして最後の第8話【水車のある村】。冒頭、美しい川の流れがスクリーンいっぱいに映し出されますが、その清らかさには思わず見入ってしまいます。川底の水藻が静かに揺れ、岸辺には色とりどりの花が咲き乱れる。その中で、笠智衆さん演じる老人が語る長い台詞が心に沁みて、聞いているだけで時が止まったような気分になりました。彼が静かに旅立つための葬儀は、華やかさと穏やかさを併せ持ち、まさに極楽を映し出すような映像美でした。

 全体を通して、どの話も黒澤明監督自身の記憶や思索、芸術への憧れが反映されているのが感じられて、一本の映画でありながらまるで小説を読んでいるような深みを持っていました。時には長く感じる部分もありますが、それを超えて惹かれるものがある不思議な魅力を持った作品だと思います。

☆☆☆

鑑賞日:2013/06/11 Hulu

監督黒澤明 
脚本黒澤明 
出演寺尾聰 
倍賞美津子 
原田美枝子 
根岸季衣 
井川比佐志 
いかりや長介 
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