●こんなお話
ロシアの広大な自然の中、探検家のロシア人と猟師のデルス・ウザーラの交流を描いていく話。
●感想
画面の奥の暗闇から、何かがこちらへ向かってくる気配にハッと身構えると、ぬっと現れる小柄な人物。銃を構えた部下たちを静かに制し、「撃つな」と主人公が声をかける。この場面から一気に引き込まれました。登場したのはデルス・ウザーラ。小柄で素朴な風貌ながら、森を知り尽くし、自然と共に暮らしてきた男。黒澤映画ならではの、静かで力強い導入に、この作品世界へと導かれる気持ちになりました。
デルスは自らの年齢すら知らず、すでに家族も天然痘で亡くしてしまっているという過去を背負いながら、それでも自然と共に、日々の暮らしを営み続けてきた人物です。焚き火の場所を風向きから判断し、危険を本能で察知する。動物の痕跡を読み取って行動する姿に、最初は半信半疑だった探検隊の兵士たちも、しだいにデルスを信頼し、尊敬の眼差しを向けるようになっていきます。
第1部では、そうした探検隊とデルスとの関係の変化が描かれていて、物語にあたたかな連帯感が流れています。無骨な男たちがひとつの危機を乗り越えるたびに、互いの距離が近づいていく様子は観ていて心地よく、黒澤明監督が描く「人と人とのつながり」の美しさが丁寧に表現されていたように思います。
一転して後半の第2部では、物語のトーンが静かに変わっていきます。視力が落ち、狩りや移動も難しくなってきたデルスは、森の中では生きられないと判断し、探検家の主人公の家に身を寄せることになります。しかし、都会の生活に馴染むことができないデルスの姿には、心が締めつけられるような切なさが漂います。
活き活きと森を歩き、風の音に耳を澄ませ、星の動きを読んでいたかつてのデルスはもうそこにはいません。屋内の場面が多くなった画面はどこか窮屈で、視覚的にも彼の喪失感を伝えてきます。黒澤監督はあえて家の中を狭く撮っていたようで、それが文明の枠組みに押し込まれてしまったデルスの姿と重なって見えました。
物語の終盤、すべての答えを明確に示すような展開はありません。ただ、デルスという人物の生き方そのものが、自然と文明のあいだにある深い溝と、そこに立たされる人間の姿を映し出しているのだと感じました。自然を愛し、自然と共にあった男が文明の中で静かに消えていくさまに、さまざまな感情が湧きました。私たちが現代において見失いつつあるものを、デルスはその全身で語っていたように思います。
人間の尊厳とは何か。生きるということの豊かさとは何か。それを問いかけてくるような作品で、観終わったあと、しばらくその余韻の中に身を置きたくなりました。
☆☆☆☆☆
鑑賞日: 2013/05/18 DVD
監督 | 黒澤明 |
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協力監督 | 野上照代 |
ウラジミール・ワシリーエフ | |
脚本 | 黒澤明 |
ユーリー・ナギービン | |
原作 | ウラジミール・アルセーニエフ |
出演 | ユーリー・サローミン |
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マキシム・ムンズク | |
シュメイクル・チョクモロフ | |
ウラジミール・クレメナ | |
スヴェトラーナ・ダニエルチェンカ |
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