映画【白痴】感想(ネタバレ):雪原に浮かぶ魂の対話と森雅之の静かな存在感

The Idiot
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●こんなお話

 本当は4時間あったらしいのが、160分まで短くされたせいか。冒頭、ほとんどが字幕で天地人を説明するという強引さで。いきなりついていけない展開で困ってしまいました。

●感想

 舞台は雪深い北海道。白銀の世界の中、数人の男女が交錯する160分の物語は、静かな風景の中に濃密な人間模様が詰まっています。主要人物は4人ほどに絞られていますが、それぞれが何を生業としているのか、はっきりとは描かれておらず、物語を追いながらもその曖昧さが妙に気になってしまいました。全体としては、愛とは何か、生き方とはどうあるべきかを延々と語り合うような展開が続きます。

 主人公は、かつて銃殺刑寸前の体験をした過去を持ち、その精神的ショックから知的障がいを持つようになったとされています。けれども、彼はただの「白痴」ではなく、人の目を見るだけでその人が幸せかどうかを見抜けてしまうという不思議な能力を持っていて、まるで人間を超えたような存在として描かれています。劇中では聖人のように語られますが、その姿はむしろどこか超自然的な存在、あるいは現実を超えた観念のようにも感じられました。

 彼を演じる森雅之さんは凛とした佇まいで、説得力ある演技を見せてくれます。ただ、なぜこれほど多くの女性がこの主人公に心を寄せていくのか、その動機がやや見えづらく、どこか表面的な印象を受けてしまったことも正直なところです。

 原節子さんが演じる女性もまた印象的で、彼女は愛人という立場に甘んじながらも、自らの生き方に誇りと揺らぎを持ち合わせています。そんな彼女の選択をめぐっては、他の女性から批判を受ける場面もありますが、それもまた当時の社会的価値観の反映であると感じました。今の時代から見れば、自立の形はさまざまであり、お金を持っている人に支えられて生きる選択肢も、個々の価値観として尊重される空気があります。それだけに、当時の感覚とのギャップも興味深かったです。

 作品全体の映像美も特徴のひとつで、北海道の雪景色がこれでもかというほどに映し出されます。登場人物たちの内面を象徴するような白い世界は、確かに詩的で、感情の余白を映すキャンバスのようでもありました。ただ、160分ずっとその風景が続くとなると、少し単調に感じてしまったのも事実です。

 物語の構成についても、冒頭の展開はやや強引でテンポが早く、その後は反対に長く感じられるシーンが多くなっていきます。終盤では明らかに編集によってカットされたと思われる場面のつながりの悪さも見受けられ、どこか不完全な感覚が残る作品でした。それでも、もし機会があれば4時間版も観てみたいと強く思わせる何かが、この映画には確かにありました。

 静かで、深く、そしてどこか不可解。それでも忘れがたい印象を残す不思議な一本でした。

☆☆☆

鑑賞日: 2013/05/30 Hulu

監督黒澤明 
脚本久板栄二郎 
黒澤明 
原作ドストエフスキー 
出演森雅之 
三船敏郎 
原節子 
志村喬 

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