●こんなお話
サイパン島の戦いが終わった後も山の中に隠れている日本兵と彼らをリスペクトするアメリカ兵の話。
●感想
1944年、太平洋戦争が末期へ向かう頃、日本軍が拠点としていたサイパン島は米軍の大規模な上陸作戦により瞬く間に劣勢へ追い込まれる。前線は押し込まれ、島の拠点は次々と崩れ、守備隊は陣地を失いながら退却を重ねていく。司令部は戦況の悪化を前に玉砕を命じ、幹部たちが次々と自決する中、戦線は山岳地帯へと縮んでいく。
タッポーチョ山周辺に散開した日本兵の中で、大場栄大尉は少数の部下や民間人を伴って後退し、完全な壊滅を避けるために地形を利用したゲリラ戦へと移行する。部下の堀内今朝松や木谷敏男をはじめ、民間人も加わった小部隊は、補給が途絶えた極限の状況で敵の捜索隊をかわしながら戦闘を継続する。大場は無謀な特攻を避け、生き残ることを前提とした戦い方を選び、民間人の保護にも力を割いていく。
サイパン全島を制圧しようとする米軍の掃討戦が続く中、大場たちはわずか数十名でありながら、相手方の大兵力を撹乱し続ける。山岳地帯を拠点に、移動と潜伏を繰り返し、時には米軍の包囲網をすり抜け、罠を仕掛けたりして小部隊は粘り強く行動する。戦線の縮小とともに環境は一層厳しくなり、食糧不足や傷病者の増加、戦死者の埋葬など、日常の一つ一つが重くのしかかる日々が続く。アメリカ軍側でも大場を理解しようとする軍人がいたり。
やがて島全体が米軍の管理下に入り、周囲が降伏を選んでいく中でも、大場の部隊は戦況の変化をつかみきれず、抗戦を続ける集団として山中に残留する。情報が断片的にしか届かず、戦争の終わりが近いことを知りながらも命令が曖昧で、彼らは撤退と潜伏を繰り返しながら生存の道を模索し続けた。
無条件の降伏ではなく、命令として下山すれば降りるということで、大場たちは長い潜伏生活に終止符を打ち、山を下りる決意を固める。彼らは疲弊しながらも整列し、島で最後に残った日本兵として姿を現し、そのまま降伏へ向かっておしまい。
作品はサイパン島の戦いを序盤で描き、その崩壊と混乱を背景に、大場大尉が山中へ退避していく流れを静かに積み重ねていました。司令部の自決や総攻撃の散り様を経て、彼らがどのように山岳戦へ移行したのかが示される一連の描写には、当時の切迫した空気が伝わってきます。また、アメリカ側の視点も同時に挿入され、大場大尉の存在を追う兵士たちの姿が対照的に描かれていました。
ただ、大場大尉がどのような心情で行動しているのか、その内側が把握しにくく、彼が何を目的に抗戦を続けているのかが見えづらいところもあったように思います。周囲の兵士や民間人が降伏か継戦かで揺れる中、大場がどの立場から判断しているのか、もう少し掘り下げがあると人物像に奥行きが生まれたのではないかと感じました。
アメリカ側の描かれ方も、終始「日本兵を理解する人物」という役割に収まっており、やや一本調子な印象がありました。フォックスと呼ばれる要素についても、その異名にふさわしい戦術や知略が作品内で強調される場面が少なく、戦場での動きが単純な撃ち合いに留まってしまったため、キャラクターとしての説得力が薄くなっていたように思います。唐沢寿明さんの演じる人物も、強い存在感を持ちながら、その行動の結末が唐突で惜しい印象でした。
徹底抗戦を唱える部下の描写も激しいもので、事態を悪化させる行動が続いた割に、その後の扱いが軽く流れてしまったように感じられました。物語全体として、大場大尉という実在の人物の行動を軸にしているにもかかわらず、彼がどのようにして部隊をまとめ、どの判断で生存を選んだのかという核心が薄まってしまった点が少し惜しかったです。
一方で、真昼間の突撃や、下山時に整えられた服装など、当時の軍の運用や慣習を知るうえで興味深い描写も多く、細部に目を向ければ学ぶところの多い作品だったと思います。
☆☆
鑑賞日: 2011/09/14 DVD 2019/09/17 Amazonプライム・ビデオ 2025/12/12 U-NEXT
| 監督 | 平山秀幸 |
|---|---|
| 脚本 | 西岡琢也 |
| グレゴリー・マークェット | |
| チェリン・グラック | |
| 原作 | ドン・ジョーンズ |
| 出演 | 竹野内豊 |
|---|---|
| ショーン・マッゴーワン | |
| 井上真央 | |
| 山田孝之 | |
| 中嶋朋子 | |
| 岡田義徳 | |
| 板尾創路 | |
| 光石研 | |
| 柄本時生 | |
| 近藤芳正 | |
| 酒井敏也 | |
| ベンガル | |
| トリート・ウィリアムズ | |
| ダニエル・ボールドウィン | |
| 阿部サダヲ | |
| 唐沢寿明 |



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