映画【晩春】感想(ネタバレ):静かな時間が紡ぐ、父と娘の物語──ある家族の優しい風景

bansyun
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●こんなお話

 父親と娘の2人暮らしの話。

●感想

 物語は、主要な登場人物たちの現在の立場や関係性をスッと紹介する静かなオープニングから始まる。無駄がなく、それでいて温かみのある導入部で、観る者をすぐに物語の世界へと引き込んでいくものでした。父と娘、そして父の助手として働く若者。その配置が、後に訪れる感情の揺れや静かな波紋を予感させます。

 未婚のまま時を過ごす娘。彼女は、父と助手の青年と共に河原でサイクリングを楽しむなど、淡い時間を重ねていく。二人の間に何かが芽生えそうな空気もあるが、青年には既に婚約者がいることが明かされる。決して劇的ではないですが、静かに心が動くこの展開には、切なさと誠実さが同居しているように感じられます。

 娘の心が向かう相手はなかなか現れない。そして、ようやくその存在が語られたかと思うと、観客の前に姿を見せることはなく。原節子が演じる娘の想い人は、画面外にいるまま語られるのみ。その人物がどんな顔をして、どんな声で話すのか、想像の中でしか補うことができないという構成が、かえって観る者の想像力を静かにかき立てると思いました。

 父と娘、二人きりで支え合って生きる日々。今の時代に見ると、やや密接すぎる関係にも映るかもしれないですが、父の世話を当然のように引き受ける娘と、そんな娘の将来を案じる父の姿は、時代を超えて普遍的なものだと思わされました。昭和の時代背景を持ちながらも、今見ても古びた印象がないのは、そうした普遍性が物語の芯にしっかりと根付いているからと感じます。

 ただ、娘という立場を持たない身としては、嫁ぐことへの迷いと、嫁がせる側の思いの重みが今ひとつ腑に落ちきらない部分もあったり。登場人物の立場や感情に完全に入り込むには、自分の経験が追いついていないという歯がゆさも少し感じました。

 また、全体のテンポに関してもやや緩やかに感じられる場面があったり。特に中盤に描かれる能の場面は、映像的な趣はあったものの、やや長く感じてしまったのが正直なところ。父親の再婚相手を紹介するという意味では機能しているものの、そこまで能を見せる必要があったのかと首を傾げてしまった場面でもありました。

 それでも、全体として穏やかに流れる感情や、セリフの間に込められた気遣いや本音の揺れが美しく、心の中に余韻が残る作品だと思います。

☆☆☆

鑑賞日:2009/09/26 DVD

監督小津安二郎 
脚色野田高梧 
小津安二郎 
原作広津和郎 
出演笠智衆 
原節子 
杉村春子 
青木放屁 
宇佐美淳 
三宅邦子 
月丘夢路 
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