●こんなお話
タイの洞窟に閉じ込められたサッカーチーム13人を救出しようとするケイブダイバーや特殊部隊の記録映像と証言の話。
●感想
誰もが知っている実話を基にした内容でありながら、最初の一分で心を掴まれる。洞窟内の実際の映像や再現CG、そして関係者たちの証言が重なり合い、観客は暗く狭い水中洞窟の中へと引き込まれていく。酸素が薄く、視界が悪く、手探りの中で進むその映像は、ただのドキュメンタリーという枠を超えた臨場感を放っていた。カメラのレンズを通してではなく、自らの目でその現場を目撃しているかのような、息苦しさすら覚える迫力だった。
洞窟の事故が発覚した当初、軍の特殊部隊が動くも、地形の難しさと慣れない水中捜索で少年たちの元にたどり着けない。そんな中、趣味で洞窟潜水(ケイブダイビング)を続けていたイギリス人の中年男性ふたりが現場に呼ばれる。タイの現場では、いきなり現れた民間人に対し冷たい視線も飛ぶ。「素人が何をするのか」といった空気すらある。けれどその2人は、静かに支度を整え、迷うことなく洞窟の奥へと進んでいく。
そして、ついに少年たちを発見する。希望の光が一瞬差し込んだように思えたが、ここからが本当の難題だった。発見はしたものの、救出方法がまるで見えない。狭く複雑な水中洞窟を、酸素が不足した中で移動させるのは不可能に近い。彼らが選んだ選択肢は、少年たちに麻酔をかけて眠らせた状態で潜水させるというもの。あまりにもリスクが高いこの作戦に、専門医も最初は「無理」と断言していた。現場に酸素濃度を測る機械を持ち込みスイッチを入れた瞬間、アラームが鳴り響く。酸素はほとんど残っていなかった。
そこから世界中の腕利きダイバーが呼ばれ、まるで「七人の侍」のように、各地から様々な技能を持つ男たちが集結していく様子がとても印象的だった。家族に別れを告げて旅立つ者、職場を抜けて現場に向かう者。それぞれがこの危機に、できることを持ち寄って挑んでいく。
やがて訪れるモンスーンの予報と、悪化する洞窟内の環境。もう選択肢は残されていなかった。眠らせた少年たちを、3回に分けて水中を通して外に運び出すという決行が始まる。その様子は、再現映像と実際の映像、そして関係者の証言が絶妙に組み合わさり、緊張感が高まる一方だった。医師が「もし1人でも生還できたら奇跡」と語る場面や、万が一に備えて秘密裏に国外脱出の準備すら進めていたという告白など、裏側の現実が静かに語られていく。
作戦は綿密にシミュレートされ、少年たちの小さな身体に合わせたマスクや麻酔の注射も訓練される。しかし、本番では当然のように想定外の連続。マスクから水が漏れる。麻酔が途中で切れて暴れ出す。呼吸停止に陥った少年に人工呼吸を施す場面。命綱を放して洞窟内で迷うダイバー。救出が成功したと思った瞬間に排水ポンプが壊れて洞窟が水で満たされ始める。全てがギリギリで、本当にこのミッションが成功するのかと何度も思わせられる。
救出後のエピローグでは、世界中から称賛を受ける彼らの姿が映し出される。まるで「スターウォーズ」のエンドロールのように、リアルな英雄たちが称えられる様は観ていて胸が熱くなった。
なかでも印象深かったのは、すでに退役していた元特殊部隊の男性が、自らボランティアとして現場に入り、最後は命を落としたという話だった。「行ってくるよ」と残した動画と、後に語る妻の姿は、言葉にならないものがありました。国家や人種を超え、「子どもたちを救いたい」というただ一つの想いで行動した人々の姿は、画面越しに見ていても胸を打ちます。
ケイブダイビングという一般的にはあまり知られていない世界。その中に身を置き続けた人々が、この一件でどれだけの働きをしたのか。それは派手なアクションではなく、ひとつひとつの判断と動きに裏打ちされた職人の仕事の積み重ねでした。
このドキュメンタリーは、知らなかった事実を深く知ることができる上に、息詰まる緊張感の中で進むストーリーとしても非常に見応えがあり、まさにエンタメと学びが融合した一作だと思います。
☆☆☆☆
鑑賞日:2022/02/17 角川シネマ有楽町
監督 | エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ |
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ジミー・チン |