●こんなお話
殺人事件を追いかける執念の刑事と哀しき音楽家の話。
●感想
殺人事件が発生し、現場の捜査から浮かび上がった手がかりは、被害者と容疑者らしき人物が会話していた「カメダ」という言葉だった。ベテラン刑事と若手刑事は、「カメダ」という音から東北弁を連想し、秋田県にある亀田という土地へ向かう。しかし現地では何の収穫も得られない。
その後、捜査が進む中で、「カメダ」は東北ではなく、島根の出雲地方の訛りが関係しているのではと考え、島根方面へと捜査の矛先を転換する。一方、若手刑事は、新聞記事で「電車の窓から紙切れを投げた女性」に関する目撃情報を発見。その内容から、それは紙ではなく「布切れ」ではないかと執念で調べはじめる。
そのころ、注目を集める新進気鋭の作曲家・ワガエイリョウが、政治家の娘と婚約していることが明らかに。しかし彼には愛人がいて、しかも彼女は妊娠中。ワガは彼女を見捨てようとしていた。
刑事たちの聞き込みや戸籍の調査により、ある事実が明らかになる。昔、難病を患う父子が日本各地を旅しており、その途中で今回の被害者である警察官に助けられたこと。警察官はその少年を引き取り育てるが、やがて彼は家を出て放浪の末、音楽の道へと進み、ついには今の作曲家ワガエイリョウとなったことが判明する。そして刑事たちは演奏会場へ逮捕状を手に向かう。
映画は冒頭から「カメダ」という一言から始まり、さまざまな土地を巡って点が線へとつながっていく展開。序盤は情報量が多く、セリフと字幕の多さにやや圧倒されるが、混乱ギリギリのところでストーリーは進んでいきます。
犯人が誰かは比較的早い段階でわかるが、本作の肝は「なぜその人物が殺人を犯したのか?」という点にあり。後半60分は壮大な音楽「宿命」の演奏と共に、丹波哲郎演じる刑事の捜査報告、そしてワガと父親の旅が回想と共に描かれていって、その音楽と映像の重なりがクライマックスを見事に盛り上げていっていました。
また、捜査の道中で映し出される1970年代の日本の風景が実に美しく、刑事が各地を歩き回る中で、過去の日本を旅しているような感覚にもなります。そして、父親役の加藤嘉による魂の叫びには、思わず胸が締めつけられました。
とはいえ、刑事たちが犯人をどうやって特定したのか、写真にどうやってたどり着いたのか、細部の展開にはやや説得力を欠く部分もあったり。被害者が映画館に2日連続で通ったからといって、そこから写真が決定打になるかは疑問が残りました。また、ワガエイリョウがなぜ殺害に至ったのかは直接描かれず、あくまで回想と観客の想像に委ねられています。
ただ、その曖昧さや余白こそが、本作の味わい深さでもあり。説明され過ぎない分、観る側が考え、感じる余地が残されている。静かな余韻とともに幕を閉じる、力のあるミステリー映画でした。
☆☆☆☆☆
鑑賞日:2012/08/03 DVD 2024/04/01 Hulu
監督 | 野村芳太郎 |
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脚本 | 橋本忍 |
山田洋次 | |
原作 | 松本清張 |
出演 | 丹波哲郎 |
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森田健作 | |
加藤剛 | |
加藤嘉 | |
春日和秀 | |
島田陽子 | |
佐分利信 | |
山口果林 | |
緒形拳 |