●こんなお話
放射能蜘蛛に噛まれた青年がいろんな世界のスパイダーマンと一緒に戦う話。
●感想
主人公の青年は、名門校へ転入してくるところから物語は始まります。けれども新しい環境にすんなりと馴染めるわけでもなく、クラスの空気から少し浮いてしまっているような様子が続いていきます。家では警官である父親との距離感にもどこかぎこちなさがあって、うまく言葉を交わせずにいる様子が描かれていきます。そんななか、心を許せる存在である叔父との時間が主人公にとっての小さな安らぎとなっており、一緒にグラフィックアートに打ち込んで過ごすシーンには、ゆるやかな温度が流れていたように感じました。
そんな日常が一変するのは、ある地下トンネルで謎の蜘蛛に噛まれてしまう出来事から。身体に異変を感じはじめた主人公は、次第にスパイダーマンのような能力を手に入れていきます。けれど、それは特別な力を得たという単純な話ではなく、思い通りにならない身体に翻弄されていく混乱の日々の始まりでもありました。手が勝手に粘着質になって、物にくっついてしまう。学園のロッカーでヒロインの髪にくっついてしまう場面など、若干のコメディタッチを挟みながら、戸惑いと恥ずかしさが重なる展開が続いていきます。
やがて登場する最初のスパイダーマンが、キングピンの陰謀に巻き込まれ命を落とし、主人公にあるUSBを託します。それが物語の中心を握るカギになっていきます。次々と別の世界からスパイダーマンたちが集まってくるという展開が始まり、空間を超えた多次元的なドラマへと物語は急速に広がっていきます。スパイダーマンだけでなく、スパイダーウーマンも登場し、それぞれの世界のスーツや性格が少しずつ異なるのも楽しいところでした。
なかでも中盤の研究所への潜入とドクター・オクトパスとの追走劇はスピード感があって、視覚的にも面白い場面だったと思います。主人公が次第に「選ばれた存在」としての自覚を持ち、仲間たちとともに力を合わせることで成長していく姿が丁寧に描かれていきました。そして最後は、キングピンとの直接対決。家族や友情といったテーマを通して、ひとりの少年が自分の力で立ち上がっていく様子をしっかりと描いていたように思います。
映像表現については、アメコミの吹き出しやコマ割りをそのままアニメーションに取り込むという斬新なスタイルで、手描きとCGを巧みに融合させた独特の表現が画面いっぱいに広がっていました。最初の20分ほどは、まるでコミックブックをページごとめくっているような没入感があり、その新しさを味わうだけでもこの映画は成立していたように感じました。
ただ、個人的にはその表現がやや過剰に感じられる部分もあり、中盤以降は背景もキャラクターもすべてが動きすぎていて、視線の落ち着く場所が見つからず、少しずつ疲労感が募ってしまいました。アクションの展開も、何がどう勝敗に繋がったのかを視覚的に理解するのが難しく、いつの間にか敵が倒れていた、という印象を受ける場面も少なくなかったです。
また、ストーリーの細部に目を向けると、おじさんが主人公を蜘蛛のいた地下に連れていった理由や、おじさん自身の行動背景があまり掘り下げられないまま進行していったことには少し物足りなさも感じました。お父さんのスパイダーマンに対する印象が終盤で変化していくくだりについても、もう少し感情の積み重ねがあってほしかったと感じました。
いろんな世界のスパイダーマンが一堂に会するというアイデアは非常に魅力的でしたが、その集合によって起こるドラマや、各キャラクターの役割の描き分けがやや曖昧で、物語の軸が散漫になってしまっていた印象もあります。ただ、その多様なスパイダーマンたちが一画面に収まるというだけでも視覚的な楽しさは確かにありました。
全体を通して、アニメーションという枠組みを超えて、新しい映像体験を届けようという気概に満ちた作品だったと思います。その挑戦を支えるアートワークと動きのひとつひとつには、かなりの熱量を感じました。
☆☆☆
鑑賞日: 2019/03/10 TOHOシネマズ川崎 2019/10/11 Blu-ray 2023/06/24 Amazonプライム・ビデオ
出演(声) | シャメイク・ムーア |
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ヘイリー・スタインフェルド | |
リーヴ・シュレイバー | |
マハーシャラ・アリ | |
リリー・トムリン |
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