映画【PIG/ピッグ】感想(ネタバレ):失われたものを探す旅が教えてくれる、大切な記憶

PIG
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●こんなお話

 山奥でトリュフブタと一緒に過ごす主人公がブタを奪われたので探しに出る話。

●感想

 深い山あいにひっそりと佇む小屋で、ひとりの男がトリュフブタと共に暮らしている。男はそのブタとともに山の中を歩き、森の恵みであるトリュフを見つけ出し、それを街の業者に卸して生活の糧としていた。人との接触を最小限にとどめ、自然と静けさだけを相手にしているようなその生活は、どこか自分自身とも向き合っているような時間にも見える。

 そんな静寂のある夜、突然何者かによって小屋が襲撃され、何よりも大切にしていたブタが奪われてしまう。彼にとってはただの飼育動物ではなく、家族のような存在。その喪失感に突き動かされるように、男は長らく足を踏み入れていなかった街へと向かう。

 まず連絡を取ったのは、いつもトリュフを買ってくれていた業者の青年。その彼とともに情報を追っていくうちに、犯人が若いカップルであることが判明する。ところが、ブタはすでに売られてしまったという話を聞かされる。わずかな希望を胸に、男はかつての知人を訪ねてみるが、関係はすっかり冷めていて、そこにも温かさはなかった。

 やがて、ある地下格闘のような場面に身を置くことになる。殴られても殴られても立ち上がることで、言葉以上に自分の意志を伝えようとするような姿勢があり、無骨な生き方がそこににじんでいた。その後、かつての弟子が営むレストランを訪ね、料理人としての記憶を呼び起こすような会話が交わされる。その会話の中から、やがてブタを奪った黒幕が浮かび上がってくる。

 黒幕は、実はあの業者の青年の父親だった。男は怒りに駆られ、業者の愛車に八つ当たりするほどの感情を露わにする。けれどその怒りの裏には、深く根を張った悲しみと喪失があったのかもしれない。

 父親のもとを訪ねても、返ってくるのは金銭的な提案だけだった。そこで男は、青年に協力を頼み、自ら腕を振るって一皿の料理を作る。かつて父と息子、そして家族が共にしたあの時間を思い起こさせるような、静かで力強い料理。その味と記憶が父親の心を少しずつ動かしていく。

 そして、男は言葉を尽くして語る。自分にとってブタがどれだけ大切な存在であったか、どれほど特別であったかを。ただの動物ではなく、かけがえのない家族であったことを真っ直ぐに伝える。

 しかし、その願いも虚しく、ブタはすでに命を落としていたと知らされる。荒々しく扱われたことで命を落としてしまったという知らせは、男の静かな決意と希望を一気に凍らせるものであった。

 打ちひしがれた男は山の家へと戻り、ひとり、亡き妻の声が録音されたテープを再生する。彼女の声に静かに耳を傾け、ベッドに横たわるその背中は、悲しみと共にある安らぎのようにも見えた。

 この作品は、90分という短い尺の中に、言葉よりも感情や記憶、孤独と再生といったものを静かに閉じ込めているように感じました。とくに序盤、山奥での生活の描写は非常に静謐で、音や動きすら最小限。台詞のほとんどないチャプターは映像だけで主人公の心境を伝えてくれており、その空間にただ身を任せているような、潔さのような美しさがありました。

 ブタが連れ去られたあとの展開では、かつて主人公が有名人であったことが徐々に明かされていきます。街の人々の反応、料理人たちの記憶、そして業者との関係。失われた年月のなかで忘れかけていたものが、少しずつ呼び戻されていく過程がとても丁寧でした。

 ニコラス・ケイジの演技も素晴らしく、声を荒らげることもなく、静かに、けれど確かに、観客の心に訴えかけてくる姿勢に強く引き込まれました。重くなりすぎず、かといって軽やかさで逃げることもない。静かに感情が満ちていくような映画体験であったと感じます。 

☆☆☆

鑑賞日:2023/03/31 WOWOW

監督マイケル・サルノスキ 
脚本マイケル・サルノスキ 
原案ヴァネッサ・ブロック 
マイケル・サルノスキ 
出演ニコラス・ケイジ 
アレックス・ウルフ 
アダム・アーキン 
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