映画【ハッチング 孵化】感想(ネタバレ):母と娘の境界が溶けていく、不思議で美しいクリーチャー映画

Hatching
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●こんなお話

 もしも【のび太の恐竜】の拾った卵が怖くて育っていったら…な話。

●感想

 スマートフォンを手にした母親が、家族の笑顔をセルフィーで撮る場面から始まる。明るくて柔らかな光に包まれた、いかにも幸せそうな家庭のワンシーン。しかし、その「幸福」がいかにも作られたものであるかのような、どこか過剰な明るさが逆に奇妙な違和感を漂わせている。まるで何かが隠されているのでは、と観客の背中にうっすらとした緊張が走るような序盤。

 物語の中心となるのは、父、母、長女、弟という4人家族。外見上はとても穏やかで、仲の良さそうな家族に見える。だが、室内に突如としてカラスが入り込み、家具やインテリアを滅茶苦茶にしながら暴れ回る。慌てて長女がそれを捕まえると、母親は平然とその首を絞めて命を奪い、そして笑顔で「生ごみに捨てて」と言い放つ。その明るさと行動のギャップに、観ていてすぐにこの家族の異常性を感じ取ることができます。

 長女は新体操に打ち込んでおり、母親はその練習風景を動画や生配信で記録しながら、時には厳しく指導する教育ママとしての顔を見せる。そんな日常の中、少女はある晩、森の中でひとつの卵を拾う。美しく光るその卵は日を追うごとに大きくなり、少女の手元で静かに不穏な存在感を増していく。

 ある日、少女は母親が修理に来た男性と人目をはばからずキスをしている姿を目撃する。母親はそれを隠すことなく、「恋をしているの」と嬉しそうに娘に打ち明ける。その一方で、娘が拾った卵からは、ついに奇怪な生物が孵化する。鳥のようでありながらどこか人間のようでもあるその存在は、次第に少女の影のように寄り添い、深く関わっていく。

 このクリーチャーが現れてからの展開はスリリングでした。娘が起きると隣家の飼い犬が無惨な姿で転がっており、驚いて吐いた娘の嘔吐物を怪物が無造作に食べてしまう。その異様な食性にも驚きましたが、さらに衝撃的だったのは、娘にとって「脅威」となりうる存在を、怪物がひとつずつ排除しはじめることです。しかもこの怪物は、少女と身体的にも精神的にも繋がっているようで、どちらかが傷つくともう片方も同じように苦しむという描写がありました。

 そして、新体操のライバルである隣家の少女が襲われてしまいます。その姿は徐々に変貌を遂げ、少女に似た容姿へと変化していく様が不気味でありながらも目が離せませんでした。その後、少女は母親の恋人の家に引き取られるものの、怪物の存在が露見しかけ、家を出ることになります。ふたりが外出している間に、その家の赤ん坊に怪物が襲いかかろうとする場面もありましたが、それに気づいた少女は新体操の鉄棒から自ら落下して負傷。怪物にも同じ傷が現れ、行動を止めることができたという展開には驚きました。

 その後、恋人から誤解されて追い出された少女と母親。車の中で感情を爆発させる母親が、ハンドルに何度も頭を叩きつける場面は、演技としても映像としても強烈でした。感情の振り幅が極端でありながら、どこか真に迫ってくる迫力があり、目を奪われました。

 家に戻ると、そこには再び怪物が現れる。母親はその怪物を娘と見間違えて抱きしめようとしますが、襲いかかってきた怪物に対し、本物の娘が立ち向かい救い出すという流れに。最後には母親が娘をかばったつもりで怪物に包丁を向け、それが娘の胸に刺さってしまい、その返り血によって怪物が娘の姿に変貌するという、まるで寓話のような幕引きでした。

 この作品は、ジャンルとしてはホラーやモンスター映画の要素を持ちつつ、家族の形や母子の絆、さらには自己肯定感や愛情のゆがみといったテーマが複雑に絡み合っていました。母親の愛情の表現方法が異常であるからこそ、娘の心の歪みが視覚的に「怪物」として現れるという解釈もできるように思います。

 父親の存在は穏やかではあるけれども、あまりに無関心すぎて何を考えているのかわからず、弟は精神的に不安定で、自分の感情の扱い方がわからない様子。家庭内の空気はどこか常に張り詰めていて、笑顔の裏に隠された不穏さが全編を通じて漂っていました。それでいて、ホラーとしてのジャンル的な見せ場も抜かりなく、観ていてとても引き込まれました。

 独特のテンポと美術、そして生理的に嫌な感覚を誘うような映像設計など、観る人を選ぶ作風かもしれませんが、映像と感情が交錯する表現として、強い魅力を感じる一本でした。

☆☆☆

鑑賞日:2022/04/27 川崎チネチッタ

監督ハンナ・ベルイホルム 
脚本イルヤ・ラウチ 
原案イルヤ・ラウチ 
ハンナ・ベルイホルム 
出演シーリ・ソラリンナ 
ソフィア・ヘイッキラ 
ヤニ・ヴォラネン 
レイノ・ノルディン 
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