●こんなお話
殺し屋、殺し屋のエージェント、殺し屋と付き合う金髪の娘さん、口のきけない青年などが香港の夜に絡み合っていく話。
●感想
クリストファー・ドイルによる独特な映像世界が、冒頭からこれでもかというほど前面に打ち出されていて、ひと目見ただけでただのアクション映画ではないと感じさせてくれる。広角レンズが描く湾曲した世界、スローモーションで切り取られる一瞬の躍動、色彩のコントラストが強調されたスタイリッシュなカットの連続。視覚的な刺激が途切れることなく続いていき、観ている側もどこか現実と夢の狭間に迷い込んだような感覚になっていく。
物語の中心には、二挺拳銃を自在に操りながら無数の敵をなぎ倒していく殺し屋の存在がある。バンバンと銃声が響く中、彼の動きはどこまでも滑らかで、無駄な動作が一切ない。まるでダンスのようにしなやかにターゲットを仕留めていく姿には、ただの暴力ではない、静かな美学すら感じられました。アクションでありながらどこか詩的でもある、そんな不思議な魅力がこの映画全体に漂っています。
彼を取り巻く2人の女性も印象的です。彼に想いを寄せるエージェントの女性は、言葉を多く交わさずとも、視線や沈黙の間に愛情や葛藤を滲ませていて、静かながらとても情熱的な存在でした。そしてもう一人の金髪の女性は、打って変わって非常にストレートに感情をぶつけてくるタイプ。怒りも愛も、そのままぶつけてくる彼女の存在が、主人公の無表情な日常に揺さぶりを与えていきます。対照的な2人の女性の描き分けが鮮やかで、どちらにも感情移入しやすくなっていたのが印象的でした。
もうひとつの視点として描かれるのは、口のきけない青年のエピソードです。言葉がない分、仕草や目の動き、身体の動きのひとつひとつが、彼の気持ちを強く物語っていました。彼が周囲と関わろうとするその必死さ、相手を思いやるやさしさが、静かな場面の中でじんわりと浮かび上がってくるのを感じました。セリフがないからこそ、そのぶん映像と感情の密度が高まり、余計な説明がなくても伝わるものがあるというのを改めて思い知らされる描写だったと思います。
登場人物たちは皆、心の奥底で誰かを求めていながら、なぜかうまく繋がれない。偶然すれ違い、同じ場所にいても、同じ気持ちにはなれない。そんな孤独な人々の姿が、映画全体を通して淡々と描かれていきます。どこまでも冷たく、そして切ない人間模様が、クリストファー・ドイルの映像に包み込まれていくことで、夢のような浮遊感と同時に、現実の痛みのようなものも伝わってくる。愛を欲しがりながら、それを伝える術も知らずにいる人間の切なさが、スクリーンの奥からにじみ出てくるようでした。
どのキャラクターも決して大きなドラマを見せるわけではないのに、それぞれが心に引っかかる存在で、ラストまでずっと惹きつけられていました。何かが起きたというよりは、何も起きなかったけれど確かに何かが残る。そんな映画体験ができる作品だったと思います。
☆☆☆☆
鑑賞日:2014/10/10 Hulu
監督 | ウォン・カーウァイ |
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撮影 | クリストファー・ドイル |
出演 | レオン・ライ |
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ミシェル・リー | |
金城武 | |
チャーリー・ヤン | |
カレン・モク |