●こんなお話
昭和初期、奉公にきた女中が赤い屋根の小さなおうちで見た恋愛の話。
●感想
ひとりの女性が、おばあちゃんとなった現代の自分の目線で、若き日の自叙伝を静かに語り始める。時代は昭和初期。戦争の影が忍び寄る一方で、どこかのんびりとした空気も流れていた。戦時下に向かう日本という時代背景の中で、女中として奉公に出た少女の目を通して、当時の暮らしが淡々と描かれていく。
景気が少しずつ上向きになっていくなかで、町には活気が戻りつつあり、人々の表情もどこか明るい。けれどその明るさの裏には、確かに迫りくる戦争の影があって、台詞に直接は登場しなくても、大人たちのちょっとした会話や空気感から、その存在をじわじわと感じ取ることができる。
奉公先では、穏やかな日常がゆるやかに流れていく。優しい旦那さんと気品のある奥さま、そして坊ちゃんとの暮らしに、少女は自分なりの幸せを見つけようとしていた。そんな折、ある青年が家に出入りするようになる。そしてその青年と奥さまとの間に、何か秘めた想いがあることに女中の彼女は気づき始める。
女中としての立場と、自分の感情の間で揺れ動く心。どうにかして今の生活を守りたい、崩れてほしくない、そう思いながらも、日々は少しずつ変化していく。山田洋次作品らしい、独特な間と台詞まわしも健在で、落ち着いたトーンのなかにも登場人物の感情が丁寧に浮かび上がる演出が魅力的でした。
回想の合間には、現代のパートも挿入される。戦時中を“生きた人”として語るおばあちゃんと、教科書で学ぶだけの若者たちとの視点の違いが際立ちます。「戦時中がそんなに穏やかなわけがない」と語気を強める若者に対し、おばあちゃんは静かに語る。戦争というのは、火の粉が身に降りかかるまでは、意外と人々の暮らしは平穏だったのかもしれない、と。
本作には戦闘シーンなどの派手な描写はないけれど、かえってそれが戦争の実感を際立たせていました。あくまで生活の延長に戦争が存在しているという、リアルな空気感が素晴らしかったです。また、回想という体裁の中で、女中が実際に見ていないはずの奥さまと青年の密かなやりとりまでが描かれ、あれは空想なのか、想像なのか、演出としてとても興味深く見ました。
サスペンスのような要素も感じさせつつ、家族の物語や社会の空気を丁寧に編み込んでいく構成が印象的で、静かだけれど心に残る作品でした。どこか懐かしく、そして現代にこそ改めて問いかける力を持った一本だったと思います。
☆☆☆☆
鑑賞日: 2014/01/26 TOHOシネマズ南大沢
監督 | 山田洋次 |
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脚本 | 山田洋次 |
平松恵美子 | |
原作 | 中島京子 |
出演 | 松たか子 |
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黒木華 | |
片岡孝太郎 | |
吉岡秀隆 | |
妻夫木聡 | |
倍賞千恵子 | |
橋爪功 | |
吉行和子 |