●こんなお話
どら焼きやを営む男のもとに、ある日、老婆がやってきて働かせてほしいとやってきてどら焼き繁盛するけど。主人公の男性や老婆にもある秘密があって…。しだいに差別問題とか描いてく話。
●感想
どら焼き屋を舞台にしたこの物語は、冒頭から少し心を閉ざしたような雰囲気の男性が一人で営むお店に、ある日突然、年配の女性が「ここで働かせてほしい」と申し出てくるところから始まります。男性は最初、その女性を高齢であるという理由で断りますが、彼女が自ら炊いたあんこを持参し、それを口にした瞬間、頑なだった心に少しずつ変化が訪れます。どら焼きに何の思い入れもなかった主人公が、あんこの味をきっかけに少しずつ目を覚ましていく過程が丁寧に描かれていきます。
その後は、まるで人生の導師のような存在として女性が登場し、彼女の手ほどきであんこの作り方を学び、どら焼きというものに命が宿るようになっていく日々が描かれていきます。この、技術と心を同時に教えていく流れは、まるで職人映画のような趣があって、観ていて非常に心地よく、安心感がありました。特に、樹木希林さんが演じるその女性の佇まいは、飄々としながらも芯が強く、無理なく観客の心に入り込んできます。セリフの一つひとつが、人生の深みを感じさせるもので、彼女の存在がこの映画の土台をしっかりと支えていました。
物語が進むにつれて、登場人物たちの過去や抱えている傷が少しずつ明かされていきます。永瀬正敏さん演じる主人公が、なぜ甘党でもないのにどら焼き屋を営んでいるのかという理由が明かされるくだりでは、彼自身の過去への贖罪や再出発の思いが垣間見え、人間味がぐっと増してきます。
また、物語の中盤以降にはハンセン病という、日本が抱えてきた差別の歴史も絡んできます。この部分は明らかに重たいテーマを扱っているのですが、説明的になりすぎず、さりげなく差別の残酷さや、それに対して人々がどのように接してきたのかを映し出します。そして、主人公が自らの無力さを悔やみ、涙する場面は静かでありながら強く心を揺さぶるものがありました。
亡くなった人が残された人に宛てて手紙を託すという演出は、やや感情に訴えかけすぎるところがあるとはいえ、やはり素直に涙腺を刺激されてしまいます。こうした“泣かせ”の手法がズルいと感じつつも、効果的であることも否定できません。
一方で、登場人物の扱いに物足りなさを覚える部分もありました。どら焼き屋に通う中学生や、その彼女が思いを寄せる先輩、中学生の母親といった人物が登場するものの、彼らの物語は展開しないまま終わってしまい、深く関わってくるわけでもなく、存在意義が曖昧に感じられました。さらに、主人公の過去を知る元雇用主の奥さんが登場しますが、彼女も単に嫌味を言いに来ただけのような役割で、彼女が連れてきた甥っ子が店を荒らすという事件も、その後が語られないまま幕を引かれてしまいます。
こうした描き切れなかった要素がいくつか見受けられ、作品全体としての密度にややムラがある印象も受けました。しかしながら、あんこ作りを通して生まれる人と人との繋がりや、樹木希林さんと永瀬正敏さんの演技に引き込まれる力は強く、70分というコンパクトな時間に多くを詰め込もうとする誠実さは伝わってきました。どこか素朴で、でも確かな優しさを持った一作でした。
☆☆☆
鑑賞日: 2015/06/16 シネスイッチ銀座
監督 | 河瀨直美 |
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脚本 | 河瀨直美 |
原作 | ドリアン助川 |
出演 | 樹木希林 |
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永瀬正敏 | |
市原悦子 | |
内田伽羅 | |
浅田美代子 | |
水野美紀 |
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