映画【空気人形】感想(ネタバレ):心を持った人形が見つめた、静かな愛のかたち

airdoll
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●こんなお話

 心を持ったラブドールの諸々の話。

●感想

 ある中年男性が電車に揺られて帰路につく。彼の自宅には誰かが待っていて、静かに話しかける相手がそこにいる。しかし、それは人間ではなく、ダッチワイフだった。何気ない日常の一コマのようでありながら、そのワイフはやがて意思を持ち、ある日ふと立ち上がって街へと出ていく。目に映る人々の姿に興味を示しながら、彼女は世界を見つめ、学んでいく。

 道端で足を止め、ショーウィンドウの中を覗き、誰かの話し声に耳を傾ける。そんな中、彼女はレンタルビデオ店に辿り着き、やがてその店で働くようになる。店長や先輩、やってくる客たちと出会いを重ねながら、少しずつ彼女の心の中には新しい感情が芽生えていく。片言の日本語を使いながら、先輩店員との距離も徐々に縮まり、ふたりで街を歩いたり映画を観たりと、人間らしい時間を過ごしていく。

 けれど、彼女の身体は人形であることに変わりはなく、ある日、身体に空いた小さな穴から空気が抜けてしまう。しぼんでしまった彼女に空気を吹き込む先輩。呼気によって満たされていく身体。単なる修復行為にもかかわらず、彼女はその瞬間、目を潤ませる。自分の中が誰かの息で満たされることが、これほどまでに温かく、満たされる行為であるとは。

 その後、彼女の持ち主であった男性が新しいダッチワイフを購入したことで、自分の居場所を失った彼女はその家を離れる。そして、自分がなぜ心を持っているのか、その理由を探すために、自分を作ったという人形師のもとを訪ねる。無機質な工房の中で、静かに語りかける人形師は、まるで父親のように彼女を包み込むように見つめる。その穏やかなまなざしと手のひらが、彼女にとっての「存在する意味」への小さな光となっていく。

 勇気づけられた彼女は、再び先輩のもとを訪ね、想いを告げる。そして、また空気の出し入れを繰り返す時間をともに過ごす。そこには性愛という枠を超えた、魂と魂の触れ合いのような静けさがあった。けれどその一方で、彼女は彼を「人間」ではなく、自分と同じ存在のように錯覚してしまっていたのかもしれない。彼女がたどり着いた終着点には、言葉では語られない悲しさと、ある種の穏やかさが共存している。

 そして最後、食事を摂れず横たわる若い女性が窓の外を見つめ、「綺麗」と小さく呟く。その視線の先には、静かに横たわる主人公の姿がある。その表情は晴れやかで、まるでなにかをやり遂げた人間のような面差しに見える。それは、以前人形師が語った「戻ってきたときの顔を見れば、その人形が幸せだったかわかる」という言葉と重なって、観る者の胸にそっと残っていく。

 主演のペ・ドゥナさんが演じる人形の存在感は圧巻で、人間ではない存在としての無垢さや不器用さ、そこから生まれるあたたかさが画面から滲み出ていたと思います。特に、片言の日本語を話す彼女が、何かを伝えようとする一つひとつの仕草が印象的でした。人形という設定でありながら、最後には確かに「生きていた」と感じさせてくれる演技力だったと思います。

 ARATAさん演じる店員や、オダギリジョーさんの人形師など、周囲の人物たちも物語に独自の温度を加えていて、それぞれが心の空洞を埋めようと手探りで日々を生きていることが伝わってきました。特にARATAさんが、かつての恋人を失ったことで心がからっぽになってしまっていたという背景が、主人公との距離感に深みを加えていたように感じました。

 一方で、警察官やオタク青年、拒食症の女性、未亡人といった周辺の人物たちの描写がやや唐突で、挿話としてはやや長く感じる部分もあったかもしれません。ただ、それらもまた「心の空洞を埋めようとする人間たちの断片」として、主人公の旅路に重ねられていたのだと思います。

 無機質な存在が、人とのふれあいを通じて徐々に心を持ち、誰かを愛するようになる。そして、誰かの存在を受け止めようとする。それは人形の話であると同時に、心を持つ人間の物語でもあり、観終えたあとにふと、静かに胸に残る映画だったと感じました。

☆☆☆☆

鑑賞日: 2010/04/02 DVD 2023/10/01 U-NEXT

監督是枝裕和 
原作業田良家
出演ペ・ドゥナ 
ARATA 
板尾創路 
高橋昌也 
余貴美子 
岩松了 
丸山智己 
柄本佑 
星野真里 
寺島進 
山中崇 
オダギリジョー 
富司純子 

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