映画【ある殺し屋】感想(ネタバレ):青い闇に浮かぶ雷蔵の美学、静けさの中に潜む緊張

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●こんなお話

 表は板前、裏では凄腕の殺し屋の主人公がヤクザに殺しを依頼されて仕事をこなしていく話。

●感想

 青みがかったフィルムの色調とコントラストの効いた画づくりが、冒頭から強く印象に残る作品で、日本映画でありながら、どこか異国の空気が漂っているような感覚を受けた。街の空気、登場人物のたたずまい、光と影の配置が生むスタイル。静かに物語が始まっていく中に、ただならぬ雰囲気をまとって現れる主人公の姿が映ると、それだけで画面が引き締まるようだった。

 物語は、主人公がとあるアパートの一室を借りるところから始まる。何者かを明かさない男の静かな佇まいと、感情の読めない眼差しに、観る側としてはこの人物は一体どんな過去を持ち、何を目的としてこの街にやって来たのかという疑問が自然と湧き上がる。するとそこから時間軸が少し戻り、彼の過去へと遡っていく構成。いわば静かに火がともるように、物語は主人公の背景を明らかにしていく。

 主人公は現在、料理人として板場に立っている。だがその静かな日常の裏側には、血の匂いを漂わせるもうひとつの顔があった。ある日、敵対する組織の人間の殺害をヤクザに依頼され、彼は淡々とその仕事を引き受ける。その手口は極めて冷静かつ正確で、釘をひと突きで首元に打ち込むという一連の流れは、あまりにも素早くて、鮮やかすぎて、思わず息を呑む。

 この一件で、彼の腕前に惚れ込んだヤクザが「兄貴についていきたい」と申し出て、半ば押しかけのようにして彼に懐いていく。さらに彼に同行する女性も現れ、やがて3人はある計画を立てることになる。ヤクザの手にある麻薬を奪い取ろうというものだ。だが、その裏には彼を裏切ろうとする思惑が潜んでおり、弟分と女性は密かに麻薬を横取りしようと企てていた。

 この展開がただ直線的に進むのではなく、過去の出来事や出会いの瞬間を回想として差し込んでいく構成が、観る者の興味をつないで離さなかったです。時間が前後することで、人物たちの動機や心の揺れも立体的に見えてきて、単なる裏切りや復讐劇にはとどまらない余韻がありました。

 そして何よりも、主人公を演じる市川雷蔵さんの存在感が際立っていました。特攻隊の生き残りという設定がそのまま彼の覚悟や無感情さにつながっていて、死に対する恐れも、欲望への執着も感じさせない人物像がよく表現されていました。淡々と任務をこなしながら、どこか空虚な眼差しをたたえた姿は、まさにニヒルという言葉がぴったりだったと思います。

 一方で、成田三樹夫さん演じる弟分は、どこか憎めない小悪党のような軽さがあり、野川由美子さんが演じる女性も、女の武器と欲望をむき出しにしながらも軽妙な身のこなしで、笑みすら誘うキャラクターでした。2人とも、自分の利益のためには平気で人を裏切るような人間でありながら、どこか愛嬌があり、観ていて憎めない存在として映っていたと思います。

 そんな2人の裏切りに対して、怒りをぶつけるわけでもなく、静かに分け前を与える主人公の姿が印象的でした。相手の行動すら見透かしていたかのような対応で、その器の大きさや達観した姿勢には、ただの復讐や報復にとどまらない魅力がありました。劇中で弟分が主人公から受け取った台詞をまるで真似するように口にする場面があるのですが、そこに込められた心情が伝わってきて、自分自身も思わず「この男の背中についていきたい」と感じてしまうような不思議な説得力がありました。

 男の生き様、信念、沈黙の中に宿る言葉にならない感情。それらが濃密に詰め込まれた作品であり、終盤にかけて静かにすべてが収束していくまで、じっくりと引き込まれる一本でした。

☆☆☆☆

鑑賞日: 2014/12/26 DVD

監督森一生 
脚色増村保造 
石松愛弘 
原作藤原審爾 
出演市川雷蔵 
野川由美子 
成田三樹夫 
渚まゆみ 
千波丈太郎 
松下達夫 
小林幸子 
小池朝雄 
伊達三郎 
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