映画【円卓 こっこ、ひと夏のイマジン】感想(ネタバレ):芦田愛菜が演じる少女の好奇心と優しいまなざし

entaku
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●こんなお話

 小学3年生の女の子が小学生にしか見えない景色を見ていく話。

●感想

 教室の中で「ものもらいになった」と話すクラスメイト。その言葉の意味がわからない主人公は、そっと自分のジャポニカ学習帳に「ものもらい」と書き留める。知らない言葉や聞いたことのない世界を一つ一つ拾い集めていく主人公の視点が、静かに印象を残していく。友達が眼帯をつけて体育を休んだ姿を見て、自分も真似して眼帯をつけてみる。不整脈で倒れた友人がいれば、自分もつい倒れる演技をしてしまう。その仕草の一つ一つが、彼なりの世界の吸収の仕方なのだと感じさせられる。

 そのクラスメイトが在日韓国人で、三世や四世といった呼び方に触れたときも、「まるで王様みたいや」と素直に憧れのようなものを口にする主人公。その発言に何の打算も差別もなく、ただ純粋な好奇心と尊敬の入り混じった気持ちが映し出されていた。観ている側は、つい「ああ、それはそういう意味ではないんだよ」と教えたくなるけれど、そこにあるのは子どもなりの価値観であり、大人の尺度では測れない思考の流れである。

 教室の前の席に座る女の子がノートに「しね」と書いているのを目撃したとき、主人公はその切れ端が机の中に溜まっていく様子を「雪みたい」と感じる。観客としては「これはいじめなのか」と戸惑いを覚えるが、主人公はその意味がまだ理解できていない。ただその光景が美しく見えたというだけのこと。それが良いか悪いかではなく、そういうふうにしか世界を感じられない年頃の、ある種の無垢さが痛いように伝わってくる。

 主人公の家ではいつも円卓を囲んで賑やかに食事をしている。家族の声が重なり合い、互いの言葉をかき消すようにして話す様子が何とも愛おしい。家庭の風景がほんの少し騒がしくも、どこか温かく感じられるのは、その輪の中に安心がある。

 そして、主人公の感覚は少しずつ変化していく。学校に来なくなったクラスメイトの机の中に、大量の紙が詰まっていた。そこには主人公が学習帳に書き留めてきた「知らなかった言葉」がびっしり書かれている。それを手にしたクラスメイトが、窓の外へ紙吹雪のように撒く。その行為に込められた気持ちは語られないけれど、何かが伝わってくるような不思議な瞬間でした。

 物語の中で、イマジンという言葉をおじいちゃんから教わったり、変質者に出くわしたとき、自分がその場にいなかったことを悔やんで泣く親友がいたり。夕暮れの中に現れる鹿の姿を目にするなど、子どもたちが経験を積み重ねていくシーンがとても印象深いです。そしてエピローグでは、最初は母の妊娠に抵抗を示していた主人公が、やがてお腹に耳を当てる。その仕草に、また一歩大人に近づいた主人公の成長がそっと描かれていました。

 それでも、主人公はまだまだ“個性がない”ことを悩んでいて、蚊に刺されたらそれを潰してセロテープでノートに貼りつけたり、変質者から「ご尊顔を踏んでください」と言われて意味が分からないまま、ウサギのぬいぐるみを顔に乗せてその気持ちを再現してみようとする。そうした行動の一つひとつが実はとても個性的なのだと感じさせられます。

 全体としては、物語の進行は穏やかで大きな事件が起こるわけではなく、静かに時間が流れていく。そういった構成のため、人によってはやや単調に映るかもしれないですが、それ以上に暖かい映像の質感や、芦田愛菜さんの圧倒的な存在感に惹きつけられました。彼女の表情や声、ちょっとした仕草に、子どもでありながらも深い思考がにじんでいて、何気ない日常の中に小さな感動を添えてくれる作品でした。

☆☆☆

鑑賞日: 2015/01/04 DVD

監督行定勲 
脚本伊藤ちひろ 
原作西加奈子
出演芦田愛菜 
平幹二朗 
いしだあゆみ 
八嶋智人 
羽野晶紀 
青山美郷 
内田彩花 
中村ゆり 
丸山隆平
三浦誠己 
谷村美月 
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