●こんなお話
スポンサー集めに苦労するレーシングチームが話題作りのためにレースゲームの王者をレーサーにしたり、全盛期を過ぎたレーサーが悩んだりする話。
●感想
物語は、コースを駆け抜けるマシンの轟音とともに幕を開ける。実況と解説のテンポよい掛け合いを通じて、かつて常勝を誇ったレーシングチーム「ライオンズ」が、今では低迷している現状が語られていく。チームには二人のドライバーが所属しており、一人はかつてチャンピオンの座を手にしたものの、年齢とともに衰えが隠せなくなってきたベテランドライバー。そしてもう一人は、ライオンズ初の女性ドライバーという存在である。立場も考え方もまったく異なるふたりがチーム内で対立しながらも、レースという共通の舞台でどう折り合いをつけていくのかが描かれていく。
このふたりのドライバーは、決して息が合っているとは言えず、特にベテランの方が「自分こそがエースだ」という態度を崩さないため、チームワークはギクシャクしている。一方で、2連覇中の強敵ドライバーは、かつてのベテランドライバーの相棒であり、因縁深いライバル関係が物語に奥行きを与えている。その因縁の背景も、物語が進むごとに少しずつ明かされていき、単なるスポーツ映画の枠を越えて、登場人物たちの人生と過去が交錯していくのが興味深いです。
物語にもう一人の主人公として登場するのが、レーシングゲームに没頭する若者。SNSでは「鈴鹿でテストに落ちた元レーサー」といった風を装い、ゲーム内では華麗な腕前を見せてはいるものの、実際の運転技術にはまだまだ粗削りなところが多く見られる青年です。そんな彼が、とある企画をきっかけに本物のレースの世界に足を踏み入れることになります。企業の話題作りの一環として、ゲームと現実の垣根を越えるという企画が立ち上がり、彼は女性ドライバーのSNSを通じてチームへと誘われることになるのです。
初めは当然のように通用しない現実のレースの厳しさ。テスト走行でもなかなか結果が出ず、チーム内の空気も重くなっていきます。しかし彼には高校時代からずっと憧れてきた女性ドライバーという存在があり、その背中を追いかけてきた思いが、少しずつ彼の心を強くしていきます。耳栓をして集中力を高めるというユニークな方法で一気に実力を伸ばす展開は、少しコミカルでもありましたが、その意外性もこの作品の味だと思いました。
また、物語は主要な三人だけでなく、チームを支える経営者や過去に因縁を持つライバルたちなど、脇役の心理描写まで丁寧に掘り下げられていたのが印象的でした。創立者の息子である二代目が、チームの存続に悩んでいる姿や、かつての相棒との確執を引きずるライバルが、鏡に映る銀歯を見ているという描写にその過去が宿っていたりと、細やかな演出が心に残ります。
レースシーンそのものも迫力があり、映像面での魅力も随所に感じられました。特に雨の中、マニュアル操作が困難になった女性ドライバーがゲーマーと共にハンドルを握る場面では、スローモーションを効果的に用いながら美しい映像表現がなされており、静と動の対比がとても美しかったです。さらに、クライマックス前のクラッシュシーンでは、一瞬音が消え、車体がひっくり返る中で、主人公が亡き創立者の姿を観客席に見つけるという幻想的な演出も印象的でした。
ただし、ゲーマーが実力を発揮するきっかけが「耳栓をつけたら集中できた」というのは、やや強引に感じてしまいましたし、中盤で負傷者が出た後の展開が少し引き延ばし気味に思える部分もありました。また、女性ドライバーがライバルチームに一時的に移籍し、その後にまた戻ってくるという流れもやや唐突で、敵役に「行ったり来たりするな」と言われるのも納得のセリフでした。
とはいえ、三人の主人公それぞれが自分の問題と向き合いながら前に進んでいく姿は清々しく、スポーツ映画としての王道の楽しさを感じさせてくれます。特に、かつての挫折や憧れを乗り越えて、自分なりの「走る理由」を見つけていく若者の姿には、心を動かされました。ジェイ・チョウがメンターのように登場し、悩める主人公に寄り添う存在として描かれていたのも印象的で、思いのほか出演シーンも多く、観ていて嬉しくなる演出でした。
☆☆☆
鑑賞日:2022/02/04 ヒューマントラストシネマ渋谷
監督 | ジム・チェン |
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脚本 | ジム・チェン |
ジェイ・チャン | |
製作総指揮 | ジェイ・チョウ |
出演 | ツァオ・ヨウニン |
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ハンナ・クインリバン | |
ファン・イーチェン | |
アラン・コー | |
ガオ・インジュエン |