●こんなお話
孤島にあるレストランで関係者みんな事情があって大変な話。
●感想
港にたたずむ女性が、タバコを吸いながら誰かを待っている。彼女はこれから向かう場所について、何も知らないような表情を浮かべていて、ただ誘われるがままにやってきた雰囲気がある。やがて船がやってきて乗り込むと、そこには料理評論家、過去の栄光を引きずる映画俳優、財を成したばかりの成金夫婦など、どこかクセのある人たちが集まっていた。
船が向かった先は、孤島にある高級レストラン。着いてみると、スタッフたちは異様なほど整然とした態度で客を迎え入れていて、すでに名前や経歴まで全員把握しているようだった。ただ、主人公だけは他の客と違い、予約者と身元が一致しないということで、スタッフの間にも戸惑いが走る。その違和感を抱えたまま、主人公はコース料理の幕開けを迎えることになる。
登場するのは著名なシェフが率いる料理の数々。まるで軍隊のような緊張感の中で提供されていく美しい料理は、どれも丁寧に作られていて、見るからに高級感にあふれていた。料理を食べる側の反応もそれぞれで、主人公と同行している男性はシェフに憧れを持ち、ひたすらにその皿の一つひとつを賞賛していたが、主人公の表情はどこか曇っていて、周囲と温度差があった。
やがて事態は不穏な方向へと動き出す。シェフの弟子が突然、客の前で銃を使って自ら命を絶ち、次の料理では客たちの知られざる過去が浮かび上がる。次第に、ただのディナーではなく、何かしらの“儀式”のような雰囲気が漂ってくる。有名シェフはこの晩に集められた客すべてに向かって、「あなたたちは今日、この場で終わりを迎える」と語り始める。そして自身の上司である出資者を静かに処理し、逃げ出そうとした客の指を切り落とすという展開も見せていく。
同伴者の男性は途中でシェフから料理への理解と実力を侮辱され、自ら命を絶つ。主人公はレストラン内の無線で助けを呼ぶが、やってきた警官も関係者だった。誰も信じられず、料理も口にしないまま時間だけが過ぎていく中で、主人公はある行動に出る。
彼女はシェフに「温かさ」や「愛情」が欠けた料理では満足できないと伝え、シンプルなチーズバーガーを注文する。店のスタッフたちは戸惑いながらもそれに応じ、彼女はそのチーズバーガーを包んでもらい、テイクアウトとしてレストランを後にする。
残された客たちはその後、自ら“料理の一部”となる選択をし、店内は火に包まれていく。静かに炎がレストランを包み、物語は一つの到達点を迎える。
料理映画としては、どの皿もとても丁寧に撮られていて、素材の質感や色合い、湯気や焼き目の美しさなど、五感を刺激するような演出が魅力でした。シェフたちの動きも非常に整っていて、食に対する真剣さや美意識の高さが画面から伝わってきました。不条理劇としての要素もあり、観客をどこかで笑わせたり、息苦しさを与えたり、緊張と緩和のバランスも巧みに仕掛けられていたと思います。
ただ、登場人物たちがなぜそこに集められたのか、それぞれが何を背負っているのかといった背景にはあまり触れられず、感情面でのつながりが薄いまま物語が進行していく印象もありました。また、シェフ自身の過去やスタッフたちとの関係性などもあいまいなままで、謎を抱えたまま鑑賞を終える形になっていたのは、少しもどかしい部分でもあります。
とはいえ、序盤の空気感や、徐々に奇妙になっていく世界の描写には引き込まれるものがありました。どこか舞台劇のような作りでもあり、役者たちのやりとりも緊張感があって、全体としては非常に印象に残る一作でした。
☆☆☆
鑑賞日:2023/05/26 Disney+
監督 | マーク・マイロッド |
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脚本 | セス・ライス |
ウィル・トレイシー |
出演 | レイフ・ファインズ |
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アニャ・テイラー=ジョイ | |
ニコラス・ホルト | |
ホン・チャウ | |
ジャネット・マクティア | |
ジョン・レグイザモ |