●こんなお話
兄の遺体を引き取りに嘉義から台北へ向かう少女の話。
●感想
1950年代の台湾。戒厳令の下で政治的な弾圧が続き、多くの人々が反政府分子として拘束されていた時代、少女・阿月は故郷のさとうきび畑で身を潜めている兄・育雲と密かに再会する。
追われる身となった育雲は、妹に一本の腕時計を手渡し、「苦しい時は針を進めて未来を想像しろ」と優しく語りかける。しかし束の間の再会の直後、警察が畑へ踏み込み、育雲は追跡を逃れるため姿を消してしまう。
それから一年後、両親を失った阿月と弟は叔父夫婦の家で肩身の狭い生活を送っていた。そんなある日、兄が台北で銃殺刑に処され、遺体を引き取りたければ極楽斎場まで来るよう通知が届く。しかし遺体の引き取りには高額な費用が必要だった。
兄を故郷へ連れて帰りたい一心だった阿月は、誰にも告げず、兄からもらった腕時計とわずかな旅費だけを持って一人で台北へ向かう。
見知らぬ大都会で途方に暮れていた阿月は、親切そうに近づいてきた青年・琳を頼るが、彼の目的は少女を女郎屋へ売り飛ばすことだった。偶然その場に居合わせた人力車夫の公道は、忘れ物を届けるため引き返したことで阿月の危機に気づき、強引に彼女を連れ出して救い出す。
公道は阿月の事情を知り、兄の遺体を取り戻す手助けを申し出る。しかし資金を作るために売った腕時計の代金を賭博で失ってしまい、状況はさらに苦しくなっていく。やがて阿月は、台北で働いている姉の存在を思い出し、公道とともに姉を探し始める。
姉はダンサーとして働いており、妹の願いを聞くと兄の遺体を引き取る費用を工面しようと奔走する。しかし阿月はその現場で騒動に巻き込まれ、逃げる途中で盗みを繰り返して生きる青年と出会うことになる。
その頃、公道の周囲にも不穏な影が迫っていた。軍隊時代の上官が反逆罪で追われていたことから、公道自身も秘密警察に監視されていたのである。事情聴取の末に釈放された公道だったが、今度は秘密警察の部下から、上司を殺してほしいという危険な依頼を持ちかけられる。
個人的な恨みを理由にした依頼だったが、その報酬は阿月の願いを叶えるには十分な額だった。公道は葛藤を抱えながらも依頼を受ける決意を固める。
しかし実際に現場へ向かった彼は暗殺をすることができず。混乱の末に依頼人は命を落とし、公道は阿月を連れてその場を逃げ出す。
二人はようやく斎場へたどり着くが、育雲の遺体はすでに移送された後だった。兄の遺体は医科大学へ送られ、解剖実習の教材として扱われていることを知らされる。絶望する阿月だったが、それでも兄を探すことを諦めなかった。
そんな二人を執拗に追っていた琳たちが再び現れ、公道と阿月は暴行を受ける。さらに騒動の最中に警察も到着し、一同は警察署へ連行されてしまう。そこで公道を待っていたのは、かつて彼を取り調べた秘密警察の幹部だった。公道は反逆罪の容疑で再び拘束され、そのまま連行されていく。
その後、阿月は姉とともに医科大学を訪れる。そこで彼女が見つけたのは、ホルマリン漬けにされた兄の姿だった。阿月は涙を流しながら兄を火葬し、ようやく故郷へ帰すことができる。その別れの中で、兄が幼い頃によく語ってくれた童話を姉が口にする。しかし阿月が覚えていた物語とは少し内容が異なっており、その題名が「霧のごとく」であることを知る。
長い年月が流れ、阿月は母となり祖母となっていた。白色テロの犠牲者たちの遺骨が発見され、処刑者名簿も公開されるが、その中に公道の名前は存在しなかった。
ある日、病院を訪れた阿月は、そこで思いがけない人物と再会する。処刑を免れ、二十五年もの歳月を獄中で過ごしていた公道だった。公道は、看護師へ一本の腕時計を託していた。かつて生活費のために売り払われてしまった兄の形見と同じ時計だった。公道は、そのまま立ち去ってでおしまい。
まず圧倒されたのは美術の完成度でした。1950年代の台湾の街並みや建物、衣服や生活用品に至るまで非常に丁寧に再現されており、当時を知らない自分でも不思議な懐かしさを感じられる映像になっていました。
政治的な弾圧が続く重い時代背景を扱いながらも、本作は少女の旅を中心に据えたロードムービーとして進んでいきます。道中で様々な人物と出会い、別れ、事件へ巻き込まれていく展開はエンターテインメント作品としての面白さも十分にありました。
一方で、兄が語る童話や終盤に姉が語る物語の場面は、象徴的な意味合いを持たせたかったのだと思いますが、会話による説明が長く続くため少し単調に感じました。また、中盤は出来事が次々と起こるため情報量がかなり多く、一つひとつのエピソードを味わう前に次の展開へ進んでしまう印象も受けました。
終盤のエピローグも比較的長く、病院での再会の場面まで含めると、もう少し簡潔にまとめてもよかったように感じます。
それでも白色テロという重い歴史を背景にしながら、一人の少女の旅路として描き切った点は印象的で、美術や時代描写の力強さが強く記憶に残る作品でした。
☆☆☆
鑑賞日:2026/07/12 イオンシネマ座間
| 監督 | チェン・ユーシュン |
|---|---|
| 脚本 | チェン・ユーシュン |
| 出演 | ケイトリン・ファン |
|---|---|
| ウィル・オー | |
| 9m88 | |
| ツェン・ジンホア | |
| リウ・グァンティン | |
| ビビアン・ソン |

